子供の頃の思い出A
ビックリマン・シールA O君の戦略に脱帽する

第二部では、『ビックリマン・シール』の後日談を書きます。

3つのエピソードがあるので、それを書いていきます。

普通だと、ブームが終わると思い出も生まれなくなりますが、なぜかビックリマンについては記憶に残る後日談があるのです。

他のブームよりも、地力があったのかもしれません。
ビックリマンのデザインは、本当に個性的で斬新でしたからねー。

ビックリマン・ブームは、私たちが住む地域では、1年くらいで終わります。

私が小学4年生の後半くらいになると、徐々に下火になり、5年生になる時にはほぼ話題にのぼらなくなっていました。

私は5年生になる頃には、完全にビックリマン・シールを忘れました。

存在そのものを、すっかりと忘れていました。

そんなある日の事です。 忘れもしません、あれは小学5年生の2学期でした。

ある日私は、どういう経緯だか憶えていませんが、久しぶりに同学年のO君と話すことになったのです。

O君とは、1〜4年生の時に同じクラスで、1〜2年生の頃はクラスの中で最も親しくしていた者の1人でした。

その後、別々のクラスになり、疎遠になっていた。

彼と久しぶりに再会して、「おおっ、元気か?」などと声を掛けて、近況を伝え合いました。

色々と雑談をしていたところ、O君は「俺、ビックリマンをついに揃えたんだよ。ようやく集め終えたんだ。」と嬉しそうに言うのです。

私は、(まだ集めている奴がいるのかよ)と、心の中で驚きました。

すでに私たちの学校では、誰も話題にしなくなっており、ビックリマンは『時代遅れ』になっていました。

私は驚きを隠せずに、「まだ集めているのかよ? もうみんな集めていないじゃん」と訊きました。

すると彼は、「俺、ビックリマンが好きなんだ。努力して集めたから、見に来てくれよ。」と言うのです。

私は、(今更ビックリマンかよ。正直、興味がないなあ)と思ったのですが、彼とは友達だしとても嬉しそうだったので、友情として見に行ってあげようと決めました。

それで、「近々に遊びにいくよ」と彼に言いました。

数日後、私は帰宅してランドセルを置くと、自転車で彼の家に向かいました。

正直な話、付き合いで見に行くのであり、彼のコレクションには全く興味がありませんでした。

彼の家に着き、インターホンを「ピンポーン」と押すと、玄関がガチャッと開いて、彼が顔を出しました。

私は、「よおっ、見に来たぜ」と言いました。

彼は玄関を開けて、私を玄関の内側に招き入れます。

そして、「ちょっと待ってて。今、持ってくるからさ」と言って、家の中に戻っていきました。

家の中は静かで、彼の他には誰も居ないようでした。

普通だと、この場面では彼の家の中に入れてもらい、彼の部屋でビックリマンをじっくりと鑑賞する展開になります。

しかし彼の家は、親が「家によその子を入れないで」と命じてあるために、家の中に友達を入れられないのでした。

私はそうした事情を知っていたので、おとなしく玄関で待ちました。

大抵の親は、家に友達が来る事を喜び、裕福な家庭だとお菓子や果物を出してくれたりもするのですが、たまにそうじゃないパターンがあるんですよね。

教育上では、良くない事だと思います。

1分ほど待っていると、O君はいそいそとコレクションの入ったアルバムを持ってきた。
彼は、とっても嬉しそうでした。

私をそれを受け取り、パラッと開きました。

そのアルバムはA4サイズを横にした位の大きさがあり、まずその大きさに驚きました。

開けてみると、中にはビックリマン・シールが整然と並んでいます。

ビックリマン・シール専用のアルバムかと思うくらいに、きれいに並んだシールを見て、
私はびっくりしました。

今から思うと、ビックリマン・シール専用のアルバムが発売されていたのかもしれません。

大抵の子供は、ビックリマン・シールをズボンのポケットに無造作に入れたり、輪ゴムでたばねて保管したりしていました。

ごく稀に、きれいな状態を保つためにファイルに挟んでいる者もいましたが、アルバムにきれいに揃えて入れる奴など、見たこともありません。

私は、昆虫の標本が博物館にあるようなおもむきで、抜群の保存状態でアルバムに並んでいるシール達を見て、「これは凄いな…」と言葉を失いました。

驚きのままにページをめくっていったのですが、何と何と! すべてが『悪魔シール』でした!

「おいっ! 悪魔シールばっかじゃん! 天使やお守りが無いぞ!」と、私は思わず大声を出しました。

こんなコレクションは、一度も見た事がありません。

するとO君は、「俺は、悪魔シールが好きなんだよ。だから悪魔シールだけを集めたんだー。」と言うのです。

私は、そんな奴がこの世界にいるとは思っていなかったので、彼の顔を初めて見るようにじっと見つめてしまいました。

悪魔シールも熱心に集めている変わった奴はたまにいましたが、悪魔シールだけを集めている奴がいるなんて想像もしていませんでした。

「世の中には不思議な人間がいるのだなー」と、私は世間の広さを感じてしまい、
自分が知らない世界に迷い込んだ気分になってドキドキしてきました。

それだけではなく、悪魔キャラという、地味で性格の悪そうな面子がズラッと並んでいるのを見ていたら、だんだんと気分が優れなくなってきました。

あまりに衝撃的な展開に、ページをめくる私の手は、震え始めるほどでした。

「軽い気持ちで見にきたのに、なんだかえらい事になったなあ」と不安な心持ちになりました。

一通り見たので、今度は1枚1枚をじっくりと見ていく事にしました。

このアルバムは、各ページが透明ビニールになっていて、シールを取り出さなくても、
表面だけでなく裏面も見られるようになっていました。

私は今度は裏面を見ていったのですが、何と!

悪魔シールが1枚も欠けずに、3シリーズくらいが全て揃っていたのです!

ビックリマン・シールは、裏面に数字がふってあり、各シリーズごとに1〜50位までの数字の悪魔シールがあります。

私たちはみんなコンプリートを目指しましたが、普通は予算の関係もあり、50種類のうちの10種類くらいしか集まらないのです。

相当に気合を入れている者でも、50種類のうち5つくらいの欠けがありました。

ビックリマンのシール集めは、シール入手が運任せなので、コンプリートするのは無理だという認識が暗黙のうちにありました。

O君のコレクションには、欠けたシールが全くなくて、裏面の数字が順番に「ズラズラ〜」と並んでいるのです。

私は背中が凍りつくほどに寒気がして、激しく動揺しまくり、
「こんなはずはない。全部を揃えられるはずがない、それは不可能だ。」と心の中で繰り返しながら、欠けたシールはないかと、救いを求めるように数字をチェックしていきました。

しかし残念ながら、欠けたシールはなく、完璧なコレクションがそこにはありました。

私は目の前の現実が信じられず、魂が抜けたようになって呆然としました。

そして、何だか薄気味悪くなってきました。

私は、なぜ彼がコンプリートできたのかが、心底から不思議だったので、めまいを覚えながらも平常心をよそおいつつ、こう訊きました。

「これ凄いじゃん。なんで全部集まったんだよ」

すると、彼は嬉しそうに理由を説明したのですが、私はその内容に本当に度肝を抜かれました。

彼は、こう言ったのです。

「 最近は、もうみんながシールを集めていないだろ。

  だから要らなくなった人から、ただで譲ってもらったり、天使やお守りシールと
  交換してもらったんだ。

  悪魔シールは人気がないから、全部を揃えられたんだよ。 」

確かにそうなのです。

この頃には、みんながビックリマンへの情熱を失い、むしろ処分に困っているような状況でした。

その間隙を突いて集めるという、高等な戦略に出てくるとは…。

私は、みんなが集めているから自分も集めて、みんなが興味を失ったから自分も興味を失ったという感じでした。

ただ周りに流されて、ビックリマン・ブームに乗っかった状態でした。

みんながそういうノリでビックリマンに接していると思っていたのに、冷静沈着な態度で周りを観察して、みんなの興味が無くなったところでコンプリートを目指すとは…。

シールを全部揃えるというのは、私たちの夢だったのです。

みんながその夢を見て、挫折していきました。
私は、『決して叶わない美しい夢』だと認識していました。

それを、このような方法で実現させたO君に、私は脱帽せざるを得ませんでした。

私は、「そんな発想もあったのか…。想像すらしていなかった…。もしかして、こいつは凄い奴なのではないか?」と思い、さらなる衝撃を受けてすっかり心が折れてしまいました。

本来だったら、ここでは「お前は凄いよ、俺は尊敬しちゃうなあ」などと褒め言葉を言う場面です。

いつもの私ならば、間違いなくそうします。

でも、衝撃的な展開の連続で、すっかりまいっていました。

完璧なコレクションを見た後には、感動よりも、『見てはいけないものを見てしまったような、恐ろしい気持ち』になり、一刻も早く家に帰りたくなってきた。

私は、「うん、分かったよ」などと言って、彼にアルバムを戻しました。

そして、「そろそろ帰るよ」と言って、彼の反応や返事が返ってくる前に、サーッと玄関を飛び出て、一目散に自転車で爆走して帰路につきました。

家路の間中、何者かに追いかけられているような気がして、私は後ろを振り向かずに、ひたすら我が家を目指して全力でペダルをこぎ続けました。

家に入ると、ようやく安心した。

私は、息をハアッハアッと切らしながら、「今日は大変なものを見てしまった、これは人には話せないな」と考えました。

心の動揺が治まってきてからは、O君の事をじっくりと考えました。

今日のO君は絶大なインパクトがあり、自分の中で整理・総括をせざるを得ませんでした。

実は、私はO君の事を少しバカにしていたのです。

O君とは、前述した通り1〜2年生の時は、とても仲良くしていました。

その頃の彼は、さっぱりした性格で、とても付き合いやすかったです。

その後、3年生になってからは疎遠になったのですが、それは彼は徐々にガキ大将グループに入っていったからです。

彼は、その頃からかっこつける感じが出てきて、不良ぶるところが出てきました。
私からすると、付き合いにくい奴になりました。

O君は、身体が小さく性格的にも小心者で、ガキ大将グループの中でパシリのようなポジションにいました。

私は、彼がパシリの位置で暮らしているのを見て、「あいつは不良には向いていないのに、自分を分かっていない」と、可哀相な人を見る気持ちになりました。

そして、何時しか彼をどこかバカにする気が起きていました。

しかし、さきほど見たO君は、私が今まで知る彼ではありませんでした。

自分が好きなビックリマン・シールを、みんなが興味を失ってからも愛し続けて、
みんながシールを要らなくなったのを見透かして、個別に交渉して集めるという高度な戦略を展開する姿は、「三国志の諸葛亮」のような凄みがあります。

私は、彼について知らなかった一面がある事を、認めざるを得ませんでした。

そして反芻を終えたあと、「今まではO君をどこかバカにしていたが、それは誤りだったらしい…。これからは認識を改めて、彼に一目を置こう。」と決心しました。

私は、O君とはもう5年の付き合いがあり、彼の事をよく知っていると思っていました。
だから、この体験はものすごくショッキングでした。

「人間には、知られざる側面があるらしい。簡単に判断すると、とんでもない事になる。」と、この時に悟りました。

今から振り返ると、ビックリマンについてのこうした体験を通して、「ブームに乗る事の虚しさ」を学んだ気がします。

現在の私は、流行に全く左右されない人間ですが、そうなったのはビックリマン・ブームの一部始終を見て、流行に流される事の「軽さ・虚しさ・後に何も残らない感じ」を知ったからだと思います。

O君の完璧なコレクションを見て、流行に流されずにコツコツやる事が、大きな結果を生むことにも気付きました。

※他にも2つの後日談を書こうと思っていましたが、長文になったので、次回に書く事にします。

(続きはこちらです)

(2013年7月30日に作成)


エッセイ 目次に戻る