ロバート・モローはCIAに雇われ、毒物を開発する

(『ケネディ暗殺』ロバート・モロー著から抜粋)

私はもともと、マーティン・エアクラフト社のエンジニアだった。

同社の収入の大部分は、アメリカ政府との契約(とりわけ国防省との契約)に依ってもたらされていた。

私は独立独歩で仕事するのを好み、次第にボルティモアの自宅にある研究室から多くのものを生み出すようになっていった。

そしてマーティン社を辞めて、1958年1月にワシントンDCに会社を設立した。

ワシントンでは、マーティン社のエンジニアだったスタン・クラーク博士と親しくなった。

彼は放射線の作用の分野では第一人者で、マーティン社の原子力部門にいた人物だ。

当時の彼は、CIAの極秘のプロジェクトを手がけていた。

クラークから「仕事を一緒にやらないか」ともちかけられ、共同で取り組むことにした。

このプロジェクトは、アメリカ政府が真剣に取り組んだもので、敵国民を無抵抗にする為のものだった。

死を招く化合物を撒き、解毒剤を服用しない限り死ぬ状態にするのだ。

チロキシン(甲状腺ホルモン)の量を減じる放射性ヨードの研究をし、解毒剤のチロキシン(甲状腺ホルモン剤)も我々は発見した。

この計画では、犠牲者たちは解毒剤ほしさに100%依存する事になる。

私とクラークは、地上にいる人々に放射線を照射するための、ジェット機の後方に取り付ける装置を考案した。

装置のすぐ近くにいるため、パイロットはそれほど長く生きられない。

クラークがこの研究成果をCIAに渡した後、このプロジェクトがどうなったか私は知らない。

(2016年1月3日に作成)


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