裁判まで② ウォーレン委員会③
委員会報告書を称賛したマスコミ

(大がかりな嘘 マーク・レーン著から抜粋)

1964年9月27日に、ウォーレン委員会の報告書がマスコミに公開された。

するとマスコミは称賛し、CBSのウォルター・クロンカイトは「報告を信じよう」と国民に呼びかけた。

ニューヨーク・タイムズも社説で、「委員会はほとんど考古学的とさえいえる詳細さで分析した。説得力があるこの報告で、陰謀説の根拠を吹き飛ばした」と報じた。

だが、そもそもオズワルドは容疑者にすぎず、逮捕されると弁護士にも会えなかった。

彼は「自分は無実だ、弁護士に会わせろ」と叫び続けていたのである。

オズワルドが殺されると、ニューヨーク・タイムズは第一面で「大統領暗殺犯 留置所の廊下でダラス市民に撃たれて死ぬ」と報じた。

これでは、彼が有罪判決されたも同然ではないか。

片やオズワルドを殺したジャック・ルビーは、マフィアの幹部でFBIの密告者でもあったのに「ダラス市民」と呼ばれたのである。

マスコミは、オズワルドの「無実を推定される権利」を否定したのだ。

数年後にウォーターゲート事件が起きると、国民の怒りを背景に情報公開法の修正案可決という良い結果があった。

この法改正により、機密扱いだった文書が入手できるようになった。

1964年7月9日に開かれたウォーレン委員会で、アレン・ダレス元CIA長官はこうメンバーに告げている。

「誰もウォーレン委員会の報告書など読みはしない。国民が読むと思うな。

 ほんの数人の学者は読むだろうが、大衆が読むことはまずない。」

(2018年11月21日に作成)


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