(『大がかりな嘘』マーク・レーン著から抜粋)
(オズワルドを孤独な極悪人に仕立てようとした)ウォーレン委員会にとっての悩みの種は、「オズワルドはFBIに雇われていた」というテキサス州司法長官ワゴナー・カーの報告だった。
カーの話は具体的で、「オズワルドのIDナンバーはS-172またはS-179で、月に200ドルの報酬をもらって様々な任務を果たしていた」という。
ウォーレン委員会の選んだ方法は、オズワルドはFBIと関係なかったと、FBIが声明を出すように要請することだった。
FBIの情報提供者をしてきたオレスト・ペーナは、ある時に私に弁護を依頼してきた。
そして弁護を引き受けてくれるなら、オズワルドについて知っている事を全部話してもいいと言った。
オレスト・ペーナはキューバ人で、アメリカに来てからはニューオーリンズで売春宿を経営していた。
さらにCIAに雇われた亡命キューバ人たちに、隠れ家を提供していた。
そのキューバ人たちは、ポンシャートレ湖の近くにあるCIAの軍事キャンプで訓練を受けていた。
同時に彼は、FBIの特別捜査官ウォーレン・デブルイーズと緊密に連絡を取り、情報提供していた。
ペーナによると、オズワルドもFBIに雇われていて、デブルイーズと会っていた。
そしてCIAは、この事を知っていた。
デブルイーズはオズワルドを、CIAの連絡員に紹介したことがあるという。
1975年の下院の証人喚問で、FBIの特別捜査官ジェームズ・ホスティは、FBIがオズワルドと接触していた事を認めた。
ケネディ暗殺の3日前、オズワルドはFBIのダラス支局を訪ねて、自分を担当していたホスティにメモを置いていった。
そのメモは、オズワルドが殺された2時間後に、上司ゴードン・シャンクリンの命令で破棄したと、ホスティは証言した。
ニューヨーク・タイムズの報道によると、シャンクリンはフーバーFBI長官にそれを命じられたのだ。
ジェームズ・ホスティによれば、オズワルドのメモにはこう書いてあった。
「何か知りたいことがあるなら、私に直接電話してほしい。
妻にいろいろ質問するのをやめないなら、それなりの手段をとり、当局に通告してやる。」
暗殺事件のすぐ後にこの事を口外したホスティは、フーバーFBI長官から停職処分を受けた後、左遷されてしまった。
当局が押収したオズワルドの手帳には、ホスティの名前と電話番号もあった。
FBIはその手帳をウォーレン委員会に提出したが、ホスティのページだけが切り取られていた。
(2018年11月22日に作成)