(『ケネディ暗殺』ロバート・モロー著から抜粋)
ヨーロッパから帰国すると、すぐにCIA幹部で私の上司のトレーシー・バーンズと会った。
私は、預かっていた封筒を渡した。
バーンズは言った。
「新たなキューバ紙幣の偽造は、君に取り仕切ってもらいたい。
ケネディ大統領が政治目的のために、キューバのミサイル基地の情報への対応を遅らせるのなら、彼は任期を全うできないだろう。
彼は、父と同じ裏切り者の足跡をたどろうとしている。」
JFK(ケネディ大統領)の父であるジョーゼフ・ケネディについては、私は父から色々と聞いていた。
私の父は、1923年に米軍が正式に情報部を設けた時、予備役将校として加わった。
そして、事業活動と情報収集をヨーロッパで行った。
ナチス・ドイツが勢力を拡大すると、父はジョーゼフ・ケネディを裏切り者と見なした。
父の主張のよれば、ケネディは1937年に駐英大使に任命されて以来、親ドイツのプロパガンダを唱え続けた。
親ドイツのイギリス貴族を支持し、イギリス首相にヒトラーを信頼させ、「ヒトラーは戦争に勝利する。アメリカは中立を保つべきである」と声明を出した。
私も、JFKが父の足跡をたどろうとしていると感じ始めていた。
トレーシー・バーンズは、現状を説明した。
「CIAは、国防総省のマクナマラ長官と全面戦争の真っ只中だ。
大統領は、CIAの使途不明な財源を削るように、チャベス上院議員に圧力をかけている。
ロバート・ケネディ司法長官は、CIAの完全な調査をしたがっている。
他方では、クレイ・ショーのような極右の過激派は、何をしでかすか分からない。」
私は自宅に戻り、ロス・スコイアー、妻のセシリー、バーンズと、キューバ紙幣の偽造の相談をした。
「前回よりも、印刷の重ね合わせはずっと難しい。
表側には4種類の異なる原版が必要になると思う。
裏側は1つの原版でいいな。」
少しすると、マリオ・ガルシア・コーリー、ポンス中佐、コーリーの運転手であるビル・グロシュもやってきた。
バーンズは、我々に指令を伝えた。
「ここ(ロバート・モローの自宅)を、コーリーの副司令部にする。
表向きは、ビデオ・テープレコーダーの開発を行う。
これはカモフラージュで、実際にはキューバ紙幣の偽造にたずさわる。
アリゾナのゴールドウォーターや、ニューメキシコのチャベスといった主要な上院議員と、数人の下院議員は、この作戦を知っている。
ロバート、君は時折ワシントンに行き、何人かに作戦の現状報告をしなければならない。
CIAは、緊急時のみ連絡を受ける。」
バーンズは、ロス・スコイアーの方を向きこう言った。
「君には、もう1つプロジェクトを担当してもらう。
キューバにいるコーリーの地下組織のために、通信機器などを購入する仕事だ。」
エイミーと私は、時おりワシントンに行き、フランシス・ラッセルにキューバ紙幣偽造の進捗報告をした。
フランシスは国務省の近くに、タウンハウスをひとつ半ほど所有していた。
もう半分は、ボブ・ウォルドロンという人物が所有していたが、彼はリンドン・ジョンソン副大統領にその部屋を優先的に使わせていた。
リンドン・ジョンソンと愛人兼秘書のメアリー・マーガレット・ワイリーは、私がフランシス宅を訪れた際に、しばしば夜にボブ・ウォルドロンの部屋にやってきては情事をして去っていった。
メアリーは妊娠すると、リンドンの補佐のジャック・バレンティといきなり結婚した。
バレンティは、現在は映画芸術科学アカデミーの会長だが、ジョンソン政権下で目覚しい出世をした。
その理由は考えるまでもないだろう。
私は、月に1回はマーシャル・ディッグズに会った。
クリスマスの2週間前の会談では、彼の語ったことにぎょっとした。
「キューバに(ソ連から)中距離弾道ミサイルが運びこまれているとの噂について、裏がとれた」と云うのだ。
海軍情報部の友人から聞いたという。
ディッグズは、眉をひそめながら言った。
「キューバ紙幣の偽造作戦は、中断することになった」
作戦に従事する私は、椅子から転げ落ちそうになった。
ディッグズは説明した。
「この作戦は、来春に予定されていた新たなキューバ侵攻を支援するはずだった。
侵攻したらただちに寝返るように、カストロ政権の上層部全員に何百万か支払う予定だったのだ。
しかしカストロは、侵攻の計画をかぎつけた。
そして侵攻を防ぐために、『もう1度侵攻してきたら、ピッグズ湾侵攻の際に捕えた囚人をすべて公開処刑する』と発表した。」
「そういう事なら仕方ないな。それで、私はどうするんだ?」
「君は任務を続けてくれ。追って連絡する。
(ケネディ政権が行おうとしている)CIAの上層部の異動があれば、何が起こるか見当もつかん。」
(2016年4月6日に作成)