暗殺時のパレード進行は異常だった

(『決定版二〇三九年の真実』落合信彦著から抜粋)

1977年5月に、私はアメリカに飛んだ。

そしてダラス市に入り、ケネディ暗殺が起きた現場を検証した。

助手のスティーブがこう言った。

「パレードのルート(大統領車の通ったルート)がおかしい。

 なぜメイン通りを真っ直ぐ行かずに、ヒューストン通りで右に
 曲がったのか。
 しかも逆方向に一方通行の所を。」

もしメイン通りを真っ直ぐ行けば、車はスピードを落とさずに進める。

ケネディが撃たれた直後、シークレット・サービスの反応の鈍さは尋常ではなかった。

1発目の銃声が聞こえた時、大統領の車に乗っていたシークレット・サービス(ロイ・ケラーマンと運転手のウィリアム・グリア)に何の動きもなかった。

グラント・ヒルという者が後方の車から降りて大統領車に跳び乗ったのは、ケネディの頭半分が吹っ飛んだ後だった。

ヒルの乗る後続車が規則通りに大統領車にぴったりと付いていたなら、彼はすぐに救助に向かえて、ケネディの受けた1発目と2発目は致命傷ではなかったから、一命はとりとめられただろう。

しかし、ヒルの乗る後続車は20mも後方にいた。

スティーブが調査したところ、『パレード・ルートが変えられていたこと』が分かった。

ダラスのパレードでは、伝統的にメイン通りを真っ直ぐ突っきることになっていたが、ケネディの時に限って変えられたのである。

パレードの前日までは、慣習通りのルートを取るはずだったが、前夜に突然に変更された。

変更した人物は、ダラス市長のアール・カベルだ。

(2017年4月4日に作成)


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