ニール
あなたは、「新しい信念、新しい生き方に、進みなさい」と言います。
でも、今までの信念にどっぷりと嵌まり込んでいる人も居ます。
そういう人達を目覚めさせるには、どうすればいいのですか?
神
「どうしてそう感じるかを、理解できます。あなた方の信念は分かります」と言ってあげなさい。
そして、「お互いに学べる事がないかを、話し合いたい」と言ってあげればいい。
ニール
でも、相手がこちらを傷つけていたら、どうすればいいのですか?
神
話し合いをすれば、ひどい事をしている人に、つかの間であれそれを止めさせられるよ。
人間はもともと、ひどい事をするようには出来ていない。
人間の基本的な性質は、『愛』だ。
ひどい事をするのは、その人の信念のせいだ。
だから、こう尋ねてごらん。
「私を傷つけなければ自分が癒されないと感じるなんて、いったい何にそれほど傷ついているのですか?」
ニール
それは、きつい追及ですね。
神
すばらしい問いかけだよ。
マイナスのエネルギーを消す効果がある。
だが、問いかけたならば、その答えに耳を貸さなくてはいけない。
無視したり、ばかにしたり、切り捨ててはいけない。
誰かがあなたと争っている時は、『相手は、あなたの関心を求めている』という事を理解しておくといい。
あなたが耳を貸し、相手を助けてやれば、相手だって「危険は嫌だから、戦わないでおこう」と思うはずだ。
ニール
でも、その人達は、なぜ戦い(攻撃)を始めるのですか?
自分だって危険だと、分からないのでしょうか?
神
そういう人達は、「自分たちには、すでに危険な事が起こっている」、あるいは「危険が起こりかけている」と、考えているのだ。
そして、危険を止めようとして、戦いを始める。
国家でも個人でも、攻撃をする時には、自分を攻撃者だとは考えていない。
みんな、「自分は防衛をしている」と考えている。
だからこそ、「私を傷つけなければ自分が癒されないと感じるなんて、いったい何にそれほど傷ついているのですか?」という問いかけは、非常に有効なのだ。
戦争を仕掛ける国や集団は、「~を守るためだ」と言う。
わかるかな? この事実は、よく見つめる必要がある。
戦争には、「攻撃側」はなく、「防衛側」があるだけだ。
おかしな話だが、すべての攻撃を防衛だと呼べば、そうなる。
攻撃する者は、「これは防衛だ」と言う。
そう言えば、自分を正しいように見せかけられるからだ。
「他に方法はない。
欲しいものを手に入れるためには、相手を殺しても仕方がないのだ。
なぜなら、これは自分を守るためだからだ。」
戦争を仕掛ける者はすべて、こう考えているよ。
戦争だけでなく、人生のすべての争いに、これは当てはまる。
誰も攻撃しているとは思っておらず、防衛していると考えている。
あなたに対する相手の攻撃に、この論法を当てはめれば、相手の気持ちが分かり、奇跡が起こるだろう。
(『新しき啓示』から抜粋)