神
あなた方は、「神は、人間に様々な事を求めている」と主張する。
しかし、「肉はこの日に食べろ」「女性は全身をおおい隠せ」「礼拝では決められた場所に立て」などと、本当に私が指図すると思うかね?
神がそんな事を気にかけるかな?
ニール
では、今の宗教が行っている事は、どうでもいいと言うのですか?
神
私は、あなた方を愛しているからこそ、最も大きな贈り物を与えた。
『自由意志』という贈り物を。
ところが面白い事に、あなた方は自分で課題を創り上げてしまった。
神が色々な事を命じていると、信じた。
そうして、偶像崇拝を禁じたり、音楽や踊りを禁じたり、ささいな過ちを断罪してきた。
だが、「絶対に変わらない倫理」など存在しない。
それは、進化する社会にはあり得ない。
なぜなら、進化とは、本質的に変化だからだ。
そして変化は、生命の本質だ。
だから、頑迷な宗教団体などの変化を妨げようとする人々は、生命そのものを否定して、より良い生活を築こうとしているわけだ。
生命の本質は変化なので、社会も自然に変化してゆく。
だが新しい基準が生まれても、調整(自然な変化)を恐れる人達は、古い基準を守ろうとする。
そして、古い基準(伝統)を守るという名目で、攻撃が正当化される。
今のあなた方の文化・社会は、大半がそういう状況だ。
地球では、神の核心である「自由」と、神の最大の贈り物である「自由意志」が、宗教に基づいた政府によって厳しく制約されている。
これは、まことに皮肉だね。
ニール
いくつかの文化では、「宗教と国家は、厳格に分けておくべきだ」と考えています。
いくつかの文化では、「最高の統治者は神であり、宗教指導者の解釈する神の法が、地上の法であるべきだ」と考えています。
神
その2つの対立が、私の言う『イデオロギーの衝突』だ。
その対立は基本的は、「個人の自由」と「個人の制約」の衝突、「人間の権利」と「神の法」の衝突だ。
本当は、衝突などあり得ない。
自由は神の本質であり、「個人の自由」「法の下の平等」は、その本質の現れだから。
だが宗教によっては、男女の平等を認めないし、無神論者を認めない。
そして、奴隷制を認めている。
ニール
まさか。
聖典に奴隷制を糾弾しないものなんて、ありません。
神
あなたは聖書とコーランを、もう一度読み直したほうがいい。
ニール
どうすれば、この対立を解決できるのですか?
神
新しい霊性に、更新しなくてはいけない。
世界に、新しい考え・新しい概念・新しいモデルを提供する時だ。
『新しき啓示』の道を歩き、啓示について語るだけでなく、その真実を生きて証明しなさい。
道を示して、光の担い手になりなさい。
ニール
しかし、1人の人間に何ができますか?
神
あなたは世界の光だ。それが分からないかな?
光になろうと選択すれば、誰もが光になれる。
あなたの光を人々の前に掲げて、あなたの良き行いが見えるようにしなさい。
だが、未来を描く時には、過去を大切にしなさい。
古い信念を、頭から否定しないことだ。
それよりも、古い信念を拡大しなさい。
「あなたは何をしているのですか?」と聞かれたら、こう答えなさい。
「私は、法や預言を廃絶するために来たのではない。
そうではなく、それらを実現するために来たのだ。」
(『新しき啓示』から抜粋)