倫理の基にある原理は、「機能性」だ④
平和を築くには、正しさではなく
「何が役に立つか」で測る必要がある

ニール

あなたは、「真に重要なのは、倫理ではなく、『機能性』だ。この視点で考えれば、まったく違った見方で物事を判断できる。」と言います。

私たちは、『機能性』について、もっと深く探究した方がよさそうですね。

 神

そうだね。
それでは、さらに掘り下げてみよう。

あなたはアメリカにいて、西に向かって車を走らせていたとしよう。
目的地はシアトルだ。

その時に、南にターンしてサンノゼに向かっても、何の役にも立たない。

それを見た人からは、「方向を間違っている」と言われる。

しかし、「間違っている」が、別に「非倫理的」なわけではない。

シアトルに行きたいのにサンノゼに向かうのは、機能性に欠けているのであって、倫理が欠けているのではない。

思考・言葉・行為(創造の3大ツール)は、目的に照らして機能するかしないかだ。

たとえ機能しなくても、それは単なる間違いであり、倫理違反とは何の関係もない。

高度に進化した社会(別の星の社会)では、ある選択肢や行動は、「機能するか、機能しないか」だけに着目する。

あなた方も、選択するにあたって「倫理」を取り除けば、「倫理的な権威」の介在を取り除ける。

こうなれば、社会の行動規範に、神の言葉や聖なる法を持ち出すことは無くなる。

ニール  でも、それではアナーキズムになります!

     誰もが好き勝手な事をしますよ。

 神

そうなるかは、あなた方の在り方や目的しだいだ。

あなた方が平和で仲良く協力する世界を選択するならば、「何が役に立ち、何が役に立たないか」で物事を測るようになるだろう。

今は、あなた方はこの尺度を使っていない。

もしこの測り方をしていれば、いま世界でしている様な事をするはずがない。

ニール

私たちは、「自分さえ良ければいい」という生き方を、優先しているんです。

だって、楽しい体験をさせてくれますから。

 神

あなた方は、口では「平和と調和を求めている」と言うが、言う事と行動とが違っている。

本当に平和と調和を望むようになったら、「今している事は、役に立たない」と判断して、もっと役に立つ行動を選ぶだろう。

(『新しき啓示』から抜粋)


新しき啓示 目次に戻る