子供の頃の思い出⑦
焚き火・番外編②

自らが主催した焚き火を無事に成功させた事で、私は深い満足感を覚えました。

単に楽しい遊びをしただけではなく、『大きなミッションを成功させた』気持ちになり、マンガなどに出てくる「人目を忍んで活動し、人知れず大きな成果を上げているヒーロー」になったような気分になりました。

私を含めて4人全員がすぐに焚き火をやりたがったので、次の土日まで待たずに、数日後に2回目の焚き火をする事になりました。

私たちは、学校を終えるとすぐに帰宅して、秘密基地で集合することに決めました。

よく憶えていないのですが、学童クラブが休みだったか、学童クラブをサボったか、したようです。

学童はたまに休みの日があったし、親が家に居る日は行かなくてもいいので、「今日は親がいる」と言えばサボれました。

私と弟が秘密基地に着くと、すでにY君とA君がいました。

Y君はやりたくてしょうがないのでしょう、すでに枯れ枝・枯れ草を集める作業に着手していました。

基地には枯れ枝・枯れ草が置かれ始めており、Y君は忙しく移動をしながら甲斐甲斐しく集め続けています。

(やる気があるなあ、Y君は)と、思わず感心しました。

Y君の献身によりすぐに準備が整ったので、さっそく火を付けました。

前回は初めてだったので弱火を維持しましたが、「今回はもう少し火を強くしてみよう」と私は考えていました。

順調に5分ほど焚き火を進めると、中火でいい感じの炎が上がるようになりました。

当然ながら弱火よりも盛り上がりますが、(ここらが火力の限界だな)と私は判断しました。

すでに基地(空き地)の余裕が無いほどに焚き火は広がっており、これ以上火を強くすれば周りの草に火が及んでしまう状態でした。

火のコントロールに入る段階になったため、私は薪の投入を減らすように指示しました。

そんな中、Y君は焚き火の魅力にすっかり有頂天になってしまい、火力を気にする事なくどんどん集めてきたものを火に投入するようになりました。

嬉しそうに顔を輝かせながら、両手いっぱいに集めてきた燃やすものを、ドサッと火にくべるのです。

弟とA君も、読み捨てられた本を持ってくるなど、そこらの燃えそうな物を手当たり次第に持ってきました。

前回とは全く違う、イケイケの空気になっている事に、私はやや戸惑いました。

私は、Y君ら3人が燃やす物を集めているあいだ、火の側に居続けて火力を監視していました。

リーダーとして火の番をしなければならない、と考えていたからです。

私が気になったのは、Y君の態度でした。

それまで見た事がないほどに情熱的に動き回り、危険なほどに燃えるものを次々と投入するので、「おいっ、気をつけて入れないとダメだろ」と注意しました。

ところが、どうも耳に入っていないようでした。

「ああ」などといちおう返事はするのですが、立ち止まる事もなく、すぐに燃やす物を探しに行ってしまいます。

そして疲れて休憩したくなると焚き火に戻ってきて、大満足の表情で焚き火を観察し、団扇で焚き火をあおぐのでした。

Y君は、人見知りの激しいタイプで、どちらかというと無口で大人しい奴です。

気の良い奴なので、私は大好きだったのですが、彼は感情を爆発させないタイプでした。

外で元気よく遊ぶタイプでしたが、いつも控え目でどこか周りの様子を窺うところがありました。

そんなY君が、かつてないほど興奮し、嬉々として躍動しているので、(本当に焚き火を楽しんでいるんだな)と感じて、私はそれ以上Y君に何も言えませんでした。

(仕方ない、俺がきちんと火を見ていればいい)と思い、火が強くなりすぎると燃やす物の投入に待ったをかけました。

このまま監視を続けていれば良かったのですが、私もまだ若かったので、だんだんと厭きてきました。

焚き火を始めてから15分位すると、気分転換をしたくなりました。

そうして、(少しくらい火から離れてもいいだろ、俺も燃やせる物を探しに行こう)と、すたすたとその場から離れました。

2分くらい雑草の茂みの中をぶらぶらして燃せそうなものを物色し、
のんびりと焚き火に戻っていると、弟が血相を変えて駆け寄ってきました。

そうして「大変だ! 火が周りに拡がってる!」と言うのです。

驚いた私は、走って焚き火の場所に向かいました。

すると、すっかり動揺しきったY君がおり、隣にいるA君が「Yが入れすぎて、火が周りの草に付いてしまった」と報告してきました。

焚き火を見ると、山盛りの状態で火力もかなり強く、基地のエリア(直径1mほど)からはみ出して、周りの雑草にも火が及んでいます。

(まずい!! このままでは火事になる。手を打たないと。)と私は思いつつ、予期しない危機事態にショック状態で硬直しました。

私が3秒ほど硬直していたところ、Y君が驚きの行動に出ました。

「自分のせいだ」と完全にテンパっていたY君は、手にしていた団扇を使い、猛烈な勢いで焚き火をあおぎ始めたのです!

焚き火の前にウンチ座りをし、両手で持った団扇でもって、全力で「バサッバサッバサッ!」と大きな動作であおぐのでした。

おそらくY君にも風を当てるのは逆効果だと分かっていたと思いますが、動揺しきっていたので思わずしてしまったのでしょう。

「何とか誤魔化したい。火を見えなくしたい。」との想いが、必死の形相であおぐ彼から伝わってきました。

もしかするとY君は、ロウソクの火に息を吹きかけて消す様に、焚き火も大きな風を当てれば消せると思ったのかもしれません。

完全に意表をつかれて、呆然と5秒ほどY君の暴走を傍観していた私は、さらに火が拡がっていくのを確認して我に返りました。

「ばか! やめろ!」とY君に言い、急いで止めました。

しかし時すでに遅く、煽られた火は一気に拡がり、周りの雑草たちにしっかりと移ってしまいました。

そのヘビーな光景に、私たちは完全に絶句し、そのまま10秒ほど何も出来ないまま立ち尽くしました。

もの凄い急展開で火事が進行していくので、把握するのに手間取りましたが、どうにか10秒ほどで私は思考停止から立ち直り、頭の活動が復活しました。

そこで、3人に相談しようと、彼らの方を見ました。

すると3人は私の方を横目で見て、「どうします? 逃げますか?」と、アイ・コンタクトで訴えてくるのです。

3人は完全にびびっており、出来る事なら今すぐここから逃げ出したいのがありありで、思いっきり腰が引けていました。
決断するのも意見を出すのも無理なのが、全身から感じ取れました。

私は、3人に頼れないのを確信し、(リーダーの俺が決断するしかない! どうする? 火を消す作業にかかるか、それとも逃げるか。どっちを選ぶ?!)と、心の中で絶叫しました。

本能的に、ここでの選択は非常に重要なものになると、直感しました。

そこで、かつてないほどの集中力を、身体が自動的に発揮しました。

そうして2秒ほどの間、頭をフル回転させ、今までに得た智恵と経験を総動員して、全力で思考しました。

あれほど凄い集中力で思考したのは、今世では初めてでした。

おそらく2秒ほどだったはずですが、頭の中ではかなりの記憶や情報が駆けめぐり、体感では10秒くらいに感じましたね。

心の中でいきなり決心がつき(突然に回答がばっと頭に浮かんできた)、私はこう言いました。

「逃げちゃだめだ! 何とか消すんだ!」

この言葉を期に、3人も消火活動に気持ちがシフトしました。

この時の「消火する」という決断は、ある経験(ある意識)が大きく影響していました。

それは、『がき大将タイプがいざという時に見せる無責任さと、それに対する反感』です。

私と同じクラスや、学童クラブの先輩には、いつも威勢のいい事を言う「がき大将タイプの人間」がいました。

彼らはいつも偉そうな事を言い、リスクのある行動を取るのですが、問題が発生すると真っ先に逃げてしまうのです。

そうして、弱い奴や不器用な奴や、普段は大人しいがいざという時には肝の据わる奴が、尻拭いをしていました。

私はそういうのを何度も見て、「なんてかっこ悪い連中なんだ。最低じゃないか。俺は、ああいう口だけの奴にはならないぞ。」と強く決心していました。

この経験があったので、逃げれば逃げ切れる状況だったと思いますが(急いで逃げれば、誰にも見つからずに公園から出られたと思う)、それを選びたくなかったのです。

正直言って、私の判断では消火できるかは5分5分でした。

消せない可能性も充分にあると感じていました。

もし消せなければ、大人に見つかるか、こちらから大人に助けを求める事になります。

そうなれば、大変な事になるのは間違いありません。

要するに、私の決断は「状況判断」とか「利害得失」ではなく、『美意識』に基づいたものでした。

「逃げたらかっこ悪いじゃないか」、これです。

考えてみると、本当にいざという時になると、決断に与える『美意識』の影響は大きいと思います。

美意識の無い人だと、上記したがき大将タイプみたいに、情けない行動をしてしまうのだと思います。

話を戻します。

私が「消火をするぞ」と断固とした口調で伝えたので、他の3人も精神的に立ち直り消火モードに入りました。

私たちは、どうすればいいか意見を出し合いました。

まず誰もが考えたのは、当然ながら「水をかける」でした。

それで水のある場所を探したのですが、この公園は整備されていないので、水飲み場がありません。

人家も少し離れており、そもそも人家にアクセスするのは最終手段です。

離れた場所まで行って水を汲む事も考えたのですが、バケツが無いし、時間がかかりすぎると判断しました。

次に出たのは、「フタをする」でした。

誰が言ったのかは忘れましたが、「炎は酸素が無くなれば消える。だからフタをすればいい」と発言したのです。

非常に科学的な意見(まだ学校では教わらない高度な知識で、本でぼんやりと知ったような話)だったので、「おおっ」と皆が感心しました。

急いで木の板を焚き火の上に置いたのですが、ほんの少し焚き火が弱まっただけで、周りの雑草に燃え移った火に関しては全く効果なしでした。

で、次に出たのは「砂をかける」でした。

これはY君が出したアイディアで、私は(砂で火が消えるのか?)と半信半疑だったのですが、実行してみるとかなり効き目がありました。

焚き火に皆で砂をかけると、一気に火の勢いは減退しました。

私たちは、「こっちに砂をかけろ」「こっちの火の勢いが強いから、もっと砂が必要だ」などと言い合いながら活動しました。

そして1分~2分で、焚き火をほぼ消火できました。

しかしながら、周りの雑草たちには、うまく砂をかけられないのです。

地面から離れた高い所で燃えているため、砂をかけてもほとんど効果はありませんでした。

何とか大元の焚き火は処理しましたが、雑草たちにはまだ効果的な事ができていません。

このままでは、雑草から燃え拡がっていくのは明らかです。

私たちは、考えられる策を実行したのに消火しきれないので、焦ってきました。

極度の緊張状態の中での作業であったため、消火活動に入ってからまだ5分ほどしか経っていなかったと思いますが、徐々に集中力が落ちて、疲労も溜まってきています。

私は、(まずい…、このままでは消せないで終わる)と直感しました。

私は砂をかける作業の途中くらいに、『1つの策』を思い付いていました。

そして思い付いた瞬間に、「これは最後の手段だ。どうしようもなくなったら使おう。」と決断しました。

敗北の色が濃くなり、策が尽きてきた中、(行くしかないか、あれを。それでダメなら、もう大人に助けを求めるしかない。)と心中で決意を固めました。

手詰まり感が漂っているなかで、私は強い口調でこう言いました。

「小便だ! お前ら、小便をかけろ!」

私の気迫のこもったメッセージを感じ取った3人は、すぐに行動を起こします。

ところが、私にとって完全に当ての外れる事態になりました。

3人はすぐにちんちんを出して小便をする体勢になったのですが、Y君はすぐに「シャー」と出し始めたのに、弟とA君はいっこうに出さないのです。

そうして弟とA君は、「さっき出したばかりだから、出ないよー」「緊張して出ないよー」と、情けない顔で訴えてきました。

私は思わずカッとし、「ばかやろう!!」と激しく叱責しました。

(この緊急事態に、なんて使えない奴らなんだ)と、深くイライラしました。

私としては、3人に小便を出させたうえで、後方から指示をするつもりだったのです。

的確な指示を下して、限りある資源(小便)を無駄なく消費し、効率良い鎮火に充てようと考えていました。

その目論見は、あっさりと崩れ去りました。

思わず2人を叱責しましたが、2秒ほどで冷静さを取り戻して、(ちょっと待て、他人を非難している場合か?)と思い直しました。

そして、(俺が最年長なんだから、俺がやるしかない)と、気持ちに変化が現れました。

さらに1秒ほどすると、(くそっ、やってやる! やってやるぞ!)と、闘志がふつふつと湧き上がってきました。

私はズボンとパンツを勢いよく下ろすと、弟とA君をどかして、炎の前にさっと立ちました。

そうして小便を出そうとしました。

しかし緊張のために、出ませんでした。

目の前にコントロールの利かない炎があり、そいつにちんちんを持って対峙するというシチュエーションは、想像以上のプレッシャーがありました。

私は目を閉じ、(集中しろ、小便を出す事だけを考えるんだ)と自分に言い聞かせました。

精神統一をはかり、無念無想の境地を目指したところ、2秒ほどで小便が「シャー」と出始めました。

ほっとしましたが、そのまま集中を切らさないように心がけました。

油断したら出なくなるような気がしたからです。

小便の勢いを弱らせないように意識を集中し、小便をスムーズに出し続けながら、すでに小便を出して消火活動に従事しているY君に向かって、「こっちを狙え」「よし、次はこっちだ」と指示をしていきました。

そして2人で、雑草についている火を狙って、小便をかけ続けました。

先に小便を出していたY君が10秒ほどで小便が出なくなると、私1人になりました。

そこで、Y君をどかして自由に動けるスペースを作り、カニ歩きで細かく位置を修正しながら、最適のポジションめがけて小便をかけました。

私も20秒ほどで小便が尽きました。

小便が尽きかけてくると心細くなり、何とか出し続けようと気張ったのですが、無いものは出ません。

普段通りに、全て出し尽くすと、あっさりと止まってしまいました。

出し尽くした脱力感から一息ついて立ち直り、火を確認すると、驚くことにほぼ雑草の火が消えていました。

夢中で作業したから分からなかったのですが、小便により、雑草の火を5分の1くらいに縮小することに成功していました。

私はホッとし、同時に(小便にはこんなにも消火力があるのか。普段ただ小便をトイレに流すだけでこの消化力を活かさないのは、もったいない気がするなあ。)と思いましたよ。

わずかに雑草に残っている火は、木の棒で叩いたり、足で蹴りをいれて消しました。

そうしてついに、無事に鎮火し成功したのです。

激闘の末に、ついに火に打ち勝ちました。

私たちは勝利感に酔いしれ、激しい疲労からぐったりとし、その場に佇みました。

一件落着のはずだったのですが、恐ろしいことに、この後にさらなる災難に巻き込まれることになります。

それは次回でお話しましょう。

(続きはこちらです)

(2014年8月10日、17日に作成)


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