今回は、素晴らしいジャズ・トランペッターである、ケニー・ドーハムのアルバムを紹介いたします。
紹介するアルバムは、『クワイエット・ケニー』です。
このアルバムは、ドーハムの代表作であり、1番有名な作品ではないかと思います。
ドーハムのアルバムは数多くあり、私の紹介ページのコンセプトとしては、皆に知られていない隠れた名盤を紹介したいところです。
でも私の知る限り、このアルバム以外には完成度が高い作品が見当たりません。
ドーハムは優れたトランペッターですが、アドリブに単調というかマンネリ化した所があるんですよね。
コード理解が浅いのか、アドリブ・メロディに魅力がない事が多いです。
だから、各アルバムに1~2曲はかっこいい演奏があるのですが、アルバム全体が優れているのは少なくて、紹介しづらいです。
このアルバムは唯一、全曲がかっこいいです。
なので、ジャズ・ファンならば大抵は、このアルバムの素晴らしさを知っていると思いますが、これを取り上げる事にします。
ドーハムは、私が大好きなトランペッターです。
私は基本的に、元気一杯のトランペットよりも、落ち着いたトランペットが好きです。
だから、ドーハムの静かで落ち着いたスタイルと相性がいいです。
彼の魅力は、『音色の美しさ』に尽きると思います。
彼の音色は、音のたたずまいが自然で、優しい雰囲気を持ち、柔らかい感触があります。
大抵のジャズ・トランペッターは、激しく力強く吹きますが、ドーハムは決して力強く無理な音を出しません。
その点は、マイルス・デイビスと似ているのですが、マイルスのような鋭さや厳しさはなく、聴き易いです。
マイルスは自伝の中で、「ケニー・ドーハムは俺のライバルであり、トランペットの芸術家だった」と言っていますが、ドーハムの音は確かに芸術的な響きがします。
響きに深みがあり、聴き手の心に「じわっ」と浸透してくるものがあるんです。
そうした玄人好みの、音色や響きの美しさ・深さが、最大の魅力だと思います。
この『クワイエット・ケニー』では、ドーハムの音色の素晴らしさを堪能できます。
その理由は、サックスが参加しておらず、ドーハム+ピアノ・トリオというシンプルな編成だからです。
そして、サポート役のピアノ・トリオに名手が揃っているのも、この作品を高めた要因です。
ピアノはトミー・フラナガン、ベースはポール・チェンバース、ドラムはアート・テイラーと、バッキングが上手い事で有名なプレイヤーが参加しているのです。
録音が良いからでしょうけど、各楽器のバランスや音の厚みが素晴らしくて、全員のプレイを隅々まで聴けるアルバムですね。
私がこのアルバムを聴いたのは、21歳の時です。
レコードで買って聴いたのですが、その頃はまだちゃんとしたレコード・プレイヤーが無くて、アンプ&スピーカーと一体化している、持ち運びができるタイプのプレイヤーで聴きました。
それは祖父の遺品で、古い品だった事もあり、実にちゃちな音でした。
でも、そのプレイヤーで聴いても、ドーハムの音色の素晴らしさは感じ取れました。
彼の音を聴いた第一印象は、「実にしぶい音を出すなあ」というものです。
音がくすんでいて、ややこもった音なのですが、味わいがあり聴いていると心が癒されるのです。
共演者たち(特にドラムのテイラー)の演奏にも、感動しました。
テイラーは、軽いタッチで叩いているのに、もの凄いスウィングしています。
「超スウィングしているじゃん! テイラーって、凄い奴だな。」と思いましたねえ。
私は、この体験でドーハムのファンになり、彼のアルバムをいくつも聴きましたが、これ以上のアルバムには出会えませんでした。
ここからは、アルバムの中で特に好きな曲について、色々と書いていきます。
まず最初に、参加メンバーをきちんと書いておきますね。
ケニー・ドーハム(tp) トミー・フラナガン(p)
ポール・チェンバース(b) アート・テイラー(ds)
まず、2曲目の「My Ideal」です。
この曲は、メロディがとにかく美しく切ない雰囲気を持っていて、私は大好きなのです。
実に良いメロディの名曲だと思うのですが、あまり録音は多くないですね。
アート・テイタムとベン・ウェブスターが共演した傑作アルバム、『テイタム~ウェブスター』でも取り上げられていますが、そのヴァージョンも最高に美しくて、私は好きです。
この演奏は、ピアノのイントロからすでに、甘くて良い感じの雰囲気があります。
このフラナガンのイントロは、完璧だと思います。
自然な流れの洗練されたメロディ・ライン、柔らかく優しいタッチ、ムードたっぷりのタメの効いたニュアンスの出し方。
ドーハムは、スローテンポ(バラードテンポ)で、じっくりとメロディを吹いていきます。
その優しい世界を聴いているだけで、感動してしまいます。
ドーハムの音は、つぶれた感じの一聴すると地味な音ですが、スルメの様に噛めば噛むほど(聴けば聴くほど)味が出てきます。
ここでのドーハムは、このアルバムの中でも特別につぶれた地味な音をしています。
どうやらトランペットではなく、フリューゲルホーンで演奏しているようです。
彼は、一時期プロ・ボクサーをしていたらしいです。
出している優しく切ない音と、ボクサーの荒々しさが全く繋がらないのですが、「カクテル・ピアニスト」と呼ばれた軽快なタッチで有名なレッド・ガーランドも、プロ・ボクサーをしていたそうです。
人間とは、面白いものですねー。
ドーハムのソロの途中からは、ドラムが倍のテンポになり、一気に演奏が軽快になります。
ドラムのテイラーは、さりげなく自然にテンポを変えていますが、こうした変化は実はけっこう難しいものです。
ドーハムのプレイにしっかりと溶け込みつつ、いとも簡単にリズムを変化させるテイラーには、「さすがに名手だなあ」と唸らされます。
ドーハムのソロの最後では、ドーハムが盛り上がったのに合わせて、ベースのチェンバースが1回だけ2音を同時に弾いて「ドゥーン」と和音を出します。
これが、気の利いた感じで好きです。
その和音の後には、一時的に音数を増やすのですが、そこもとてもカッコイイです。
ほんと、チェンバースのセンスは最高ですねー。
ドーハムの後は、ピアノのフラナガンのソロになります。
ドラムは元のスロー・テンポに戻るのですが、フラナガンはそのまま倍のテンポの雰囲気で、ソロを弾いていきます。
このミス・マッチな展開が、なぜか粋なんですよね。
フラナガンはソロの後半に入ると、徐々に音数を少なくして、スロー・テンポに合ったメロディを弾くようになります。
前半は倍テンポ的に、後半は元のテンポ的にという、構成力の妙が素晴らしいです。
狙ってやっているのだと思いますが、天才的なアレンジ力だと思います。
次は、4曲目の「Alone Together」です。
この曲は、悲しい悲しいメロディをしています。
ジャズではスタンダード曲になっているので、多くのミュージシャンが演奏しているのですが、大抵は悲しさの底が浅くて、ほとんどの人が深みを表現できません。
ここでのドーハムは、深~い悲しみを感じさせます。
聴いていると、「よくここまで表現できるなあ。凄いよ、あんた」と感嘆しますねー。
ドーハムは、マイルス・デイビスのように音を絶妙に曲げたり、クリフォード・ブラウンのように絶妙な強弱をつけたりはしません。
それなのに、シンプルに吹いても聴き手を飽きさせない、「強い説得力」があるんですよ。
その秘密は、やはり音色の美しさだと思います。
この曲では、ほとんどアドリブをせずに、シンプルにメロディを吹いているだけですが、ジャズの香りはぷんぷんしています。
音に、粘り気や色気があるんですよねー。
彼は、「プワ~」と音を出すだけで濃い味のジャズにしてしまえる、稀有なプレイヤーです。
だから逆に、吹きすぎない方がいいんですよね。
音数を増やしすぎると、彼の持つ「音の味わい」が消えてしまうのです。
非常に悲しい演奏になっていますが、じめじめしていないのがポイントです。
しめっぽくないから、聴き終わった後に嫌な気分になりません。
これは、ジャズではとても大切な事です。
しめっぽくなると、演歌みたいになり、お洒落じゃなくなります。
ジャズは、湿度が高くなると、私は聴きづらくなりますね。
長文になりそうなので、いつもの様に記事を2回に分ける事にします。
(後半はこちらです)
(2013年8月2日に作成)