チャーリー・パーカーの『ナウズ・ザ・タイム』は、「ジャズ史上の名盤」とされていますが、実はあまり理解されていない気がします。
ジャズの本には大抵、このアルバムが名盤として紹介されています。
でも、知り合いのジャズ好きの人と話した中では、「ナウズ・ザ・タイムっていいよな! 愛聴しているよ。」と言う人に、出会った事がありません。
私は愛聴しまくっているので、かなり淋しい思いをしてきました。
内容がストイックすぎて、敷居が高いのですかね?
すごくもったいない事なので、私が情熱を持ってここで紹介し、普及へのサポートをしたいと思います。
チャーリー・パーカーはジャズ史上の大巨人で、「モダンジャズの創始者」と呼ばれています。
彼はアルト・サックス奏者ですが、その表現力ときたら…。
筆舌に尽くしがたいレベルであり、到底短い言葉では表せません。
私はパーカーの演奏のダイナミックさからは、葛飾北斎の描く荒れ狂う海を感じますね。
大自然が見せる雄大なうねりや激しさ、それが彼の音からは感じられる。
「アルト・サックスからこんな音って出るものなの?」とよく思います。
私は、パーカーの演奏は、「アドリブに関しては、録音が残っている中では、人類史上で最高だ」と思っています。
ベートーベン、バッハ、ショパンなんかのアドリブ演奏が録音されていたら、良い勝負になっていたでしょう。
パーカーは、あまりにアドリブが凄いので、コード進行や代理コードの知識がないと、聴き手の耳がついていかない所があります。
そのために、ごく普通の耳の持ち主だと、「何をやっているのか、さっぱり分からん」と感じてしまいがちです。
私も最初はそうでした。
パーカーの『チャーリー・パーカー・ストーリー』というアルバムを聴き込んで、ようやく耳が慣れ、理解出来るようになりました。
『ナウズ・ザ・タイム』でのパーカーのアドリブは、彼の作品の中でも一、二を争う切れ味で、ハンパじゃないです。
「そこまでやるか! ここまで凄まじいアドリブを出来る事も凄いが、それ以上にアドリブの限界に果敢に挑む、あんたの姿勢の厳しさが凄いよ!参りました。」と思います。
ここでのパーカーのアドリブは、とてつもなくストイックかつシリアスな世界が、一切の妥協なく縦横無尽に展開されています。
あまりに一途にアドリブを追求しているので、聴いていると神妙な気持ちにさせられるほどです。
そこが、このアルバムの魅力なのですが、別の見方をすると「アドリブに耳が慣れていないジャズ初心者には難解である」とも言えます。
パーカーは、聴き手に判り易くするために妥協する、という事を一切しません。
彼の演奏には一貫して、「判る人は判るし、判らない人は判らない。何だってそういうものだろう。俺は、自分のスタイルを貫くぜ。」という潔さがあります。
そこが、私のようなストイックな人間にはたまらないのですが、「もっと普通の人を意識してくれ、判り易くしてくれ(普通の人が付いていけるものにしてくれ」と思う人も、当然出てきます。
その要望に応えたのが、後輩のルー・ドナルドソン達といえます。
なんかこの関係は、ブッダの仏教と、そのだいぶ後に作られた庶民的な仏教の関係に、どこか似ています。
分かり易い・入りこみ易いアルバムではないのですが、私のように一度理解してしまうと、『何回聴いても感動する、天からの贈り物のようなアルバム』として愛聴できる作品です。
ぜひ、多くの方に理解していただきたいです。
さて。
パーカーは沢山のアルバムを出していますが、このアルバムには「他には無い特徴」があります。
その一つは、『アルト・サックス+ピアノトリオの編成』だという事です。
パーカーは、トランペットを従えて録音する事が多く、ワン・ホーンでの録音はほとんどありません。
ここではワン・ホーンのため、いつもよりもパーカーの演奏部分が多く、アドリブを堪能できるのです。
もう一つの特徴は、キャリアの後期の録音のため、『演奏の完成度が高い』ことです。
演奏に、とても安定感があります。
共演者も長い付き合いの人ばかりで、パーカーのやっている事を、よく理解しています。
この二つの特徴により、パーカー臭の強い、気迫のみなぎる充実した内容になっています。
さあ、ここからは収録曲の解説をしていきます。
このアルバムは、2つのセッションを収録しています。
そして、それぞれのセッションでは、別のピアノとベース奏者が起用されています。
私は、アル・ヘイグ(ピアニスト)が参加している方のセッションが好きです。
ですので、そちらのセッションの曲(CDだと7~13曲目)を中心に、紹介します。
まず、1曲目の「The song is you」。
ここでは、ピアノはハンク・ジョーンズが弾いてます。
スタートからパーカーのテンションは激しく高く、そのまま演奏の最後まで突っ走ります。
そのエネルギーだけでも、圧倒されます。
イントロが無く、最初からパーカーのパワー全開のサックスが炸裂するので、音量は曲頭からMAXになってます。
そのため、アンプのボリュームを通常の状態にしていると、いきなり大音量となり「うわー、びっくりしたー!」となってしまいます。気を付けましょう。
私はこの曲を聴く時は、あらかじめ少しボリュームを下げておき、演奏が始まったら上げるようにしてます。
この曲は、テンションの高さと、演奏のドライブ感を楽しむ曲です。
よく聴けば、パーカーのアドリブの見事な展開力に気付くし、そこに感動しまくる事が可能です。
でも、そこまで深く考えなくていいです。
とにかくこの凄いエネルギを、魂で感じましょう。
ここでのパーカーの音は、ギンギンに歪ませたロックギターのような迫力があります。
アルト・サックスから出る音を、超越しています。
音のうねりやダイナミックさが、『人間の出せるレベルを超えている』と感じます。
「おい! アルト・サックスはこういう音が出せる楽器じゃないぞ。どうなっているんだ。」とつっこみを入れたくなるくらいです。
次は、7~10曲目の「Chi chi」です。
ここからは、ピアノはアル・ヘイグになります。
ピアノ奏者がヘイグになったために、1~6曲目よりも繊細さや緻密さがあります。
そこが私の心には、響いてきます。
この曲は、レコード時代から3つのテイクが収録されていましたが、CDになって1テイクが追加され、全部で4テイク入っています。
(追加されたテイクは、最高にかっこいいので、必ず収録されているCDを買いましょう。たまに入っていないCDがあります。)
この曲はブルースなので、コード進行がわかり易く、4テイクあるので『アドリブの聴き比べ』が出来ます。
このアルバムを聴いてみて、「良さがいまいち分からないなー」と感じた人は、4つのテイクを何度も聴き比べてみて下さい。
パーカーのアドリブの創造性を、掴めると思います。
同じ曲を4回演奏しても、パーカーは同じアイディアを繰り返している部分が、ほとんどありません。
これは、とんでもなく凄い事なんです。
私も演奏者の端くれですが、アドリブをすると、どうしても同じアイディアの繰り返しになりがちです。
4テイクの合計で、彼は全部で20コーラスほどのアドリブをしていますが、そのどれもが閃きに満ちており、新しいアイディアを注入し続けています。
私は、この4テイクを聴いていると、「この人は、人間じゃない。こんな人も地上には現れるんだな。」と天を仰ぎます。
パーカーの後にアドリブをする、アル・ヘイグと比べてみると、パーカーのアドリブがいかにアイディアに溢れているかが、分かると思います。
最大の違いは、リズムの多彩さです。
パーカーは超絶的な技量の持ち主で、細かいリズムの変化を次々と表現する事が出来ます。
その演奏技巧は、神技そのものです。
彼は、『3連符や6連符』『裏拍に連続してアクセントを付ける』『裏拍からフレーズを始める』といった難しい事をしながら、即座に元の8分音符や表拍のアクセントに戻せます。
あまりに頻繁に色々とリズムを変化させるので、よ~く聴かないと気づけずに、「まあ、頑張ってるな」との感想で終わってしまいます。
この曲では、ドラムのマックス・ローチのソロもあるのですが、マックスのソロの中でも、最良のものの一つですね。
切れ味がすごく、特にロールがめちゃくちゃかっこいいです。
ここまでスピード感を表現しながらも、正確さを保てるドラマーは、他にはいません。
マックスは、激しく叩いても音色とリズムに乱れが生じないんですよね。
いつも清潔感と爽やかさを失いません。そこがステキな所です。
このアルバムでのマックスは、めちゃくちゃカッコイイです!
パーカーの演奏のすさまじさに慣れてきたら、マックスの演奏も聴き込んでみて下さい。
はんぱじゃないです。
※長文になったので、2回に分ける事にします。
(続きはこちらのページです)
(2012年8月23日に作成)