マイルス・デイビスの「バグス・グルーヴ」①

マイルス・デイビスはジャズ史上の巨星で、数多くのアルバムを発表しました。

その膨大なアルバム群の中でも、特に話題になっているアルバムの1つが、今回取り上げる『バグス・グルーヴ』でしょう。

『バグス・グルーヴ』は、セロニアス・モンクと共演したセッションが収録されており、そのセッションでは「マイルスとモンクが喧嘩した」との伝説が語られてきました。

というのも、マイルスがアドリブを吹いている際にはモンクのピアノが沈黙しているし(1音も弾いていない)、モンクのソロがいつも以上に挑発的で神経質だからです。

録音は残っていなくても、ステージでは2人は何度も共演していたのだし、仲が悪かったはずはありません。
でも、ユニークな話を求めるジャズ・ファンたちは、「マイルスとモンクは仲が悪い」との噂を信じてきました。

実際には、マイルスが自伝で証言しているように、喧嘩は無く、単純にセッションのリーダーを務めるマイルスが「俺のソロでは休んでいろ」とモンクに指示しただけです。

とはいえ、モンクはあまり良い気持ちはしなかったらしく、プレイからは怒りが聴き取れますね。

私は、ジャズを聴き始めた当初に、書籍にこのアルバムが名盤だと書かれているので、興味を持ちました。

いくつかの本に、「このアルバムは、巨匠のマイルスとモンクが共演しており、内容も素晴らしい」と書かれていたのです。

まだジャズの右も左も分からない私は、さっそくCDを購入しました。

で、期待しつつ聴いてみたのですが、ちっとも良いと思いませんでした。

なぜかというと、モンクのアドリブ・ソロが、とんでもなくめちゃくちゃだったからです。

「なんじゃこりゃ、ただの騒音じゃないか。
 セロニアス・モンクは巨匠とされているが、あまりに酷い。

 ジャズ界では、めちゃくちゃにプレイしているだけなのに、
 新しいスタイルなどと評論家が持ち上げる風潮がある。

 他人の評価を鵜呑みした自分が情けない…。
 他のアルバムにしておけば良かった…。」

 と、深く後悔しましたよ。

「最高に感動できる名演」と何人ものジャズ評論家が書いているので、モンクのソロに我慢しつつ何回か聴きました。
聴いているうちに慣れてきて、良さが分かるんじゃないかと思ったのです。

でも、聴くと身体が疲れてしまう。苦行をしている気になる。

私は、このアルバムでモンクに初めて接したのですが、この経験を経てモンクを敬遠するようになってしまいました。

結局、『モンク・アンド・ロリンズ』を聴いてモンクがちゃんと演奏できるのを知るまで、数年間も彼は駄目なピアニストだと思い込み、彼のリーダー作は買わなかった。

『モンク・アンド・ロリンズ』も、ロリンズが参加している事に惹かれて購入したのであり、モンクのプレイには全く期待していませんでした。

その後、ジャズ・アルバムのコレクションが増えてきて、詳しくモンクの事を知るにつれ、『バグス・グルーヴ』での彼は普段と違うと理解できました。

少し前にも書きましたが、この日の彼の音には怒りがある。
普段の彼は、もっと優しい音を出します。

私は、『バグス・グルーヴ』を所有しながらも、全く聴かない日々を送っていました。

「モンクが本来とはほど遠い出来の演奏をしている、いまいちのアルバムだ」と 、感じていたからです。

ジャズ友やジャズ本が「バグス・グルーヴは良い」と語っても、「嘘つけ、皆が良いと言うのに合わせているだけだろ」と、懐疑的な目で見ていました。

頑張って聴いたのに良いと思えなかったので、ある種のトラウマが生じたのか、レコードショップで中古LPをパタパタと出し入れし物色している時に、緑色のあのジャケット・デザインに出会うと不愉快になるほどでした。

そろそろ読者の方は、「じゃあ、なぜここで取り上げる? 好きなアルバムを紹介するんだろ、君に何があった?」と思い始めているでしょう。

こういう事なのです。

私はジャズを聴いていく中ですっかりはまってしまい、ジャズ・ギターを弾くようになり、ジャム・セッションに参加して様々な曲を演奏するようになりました。

そうしたところ、エアジンやオレオという、『バグス・グルーヴ』に収録されている曲を演奏する機会が多かったのです。

実は、『バグス・グルーヴ』はA面とB面で参加ミュージシャンが違い、A面はモンクら、B面はロリンズらが参加しています。

で、B面(アルバムの後半)にはロリンズの代表曲であるエアジン、オレオ、ドキシーの初演が収録されているのです。

私は、このアルバムを聴いた時に、1~2曲目で展開されるモンクの参加したセッションの出来があまりに酷いので、それ以降を聴く元気がありませんでした。

だから、後半までしっかりと聴いていませんでした。

ある日、「オレオやドキシーの初演を聴いて、プレイの参考にしよう」と、久しぶりにバグス・グルーヴのCDを棚から取り出しました。

前半のプレイが駄目なのは知っているので、それは無視して、初めて3曲目からかけて、ロリンズ参加のセッションだけを集中して聴いてみた。

すると、とんでもなくかっこ良い演奏だったのです!

自分が演奏してコード進行を知った事もあるのか、1音1音が心にしみてきます。

「おい!! 超名演が繰り広げられているじゃないか! 1~2曲目と全然違うぞ!」と、愕然としました。

「うおーー! このアルバムのメインは、3~7曲目じゃないか! 

 モンクの弾いている1~2曲目なんて、どうでもいい。
 なぜそれを、教えてくれなかったんだよーー!!」

私は、ジャズ評論家と称する人々を、この時、深く恨みましたね。

『バグス・グルーヴ』の聴きどころは、B面(3~7曲目)である。

そこを聴くべし!

これが、私が自らの体験から導き出した、答えです。

評論家たちが1~2曲目を絶賛しているのは、承知している。

だが、あえて言おう。

「1~2曲目は、どうでもいい。
 3曲目以降に、美の世界が待っている。」

1~2曲目って、冷たい雰囲気の、妙にギスギスした緊張感があるんです。

あれが、私にはつらい。
聴いていて、胸が苦しくなる。すぐに疲れてしまう。

マイルスとモンクの間に挟まれてソロを取るミルト・ジャクソンは、とても居心地が悪そうで窮屈そうで、聴いていていたたまれない。

いつもはもっと伸びやかに優しく演奏する人なのに…。

ベースのパーシー・ヒースとドラムのケニー・クラークも、どこか冷めている。

あの優しいパーシーと情熱的なケニーが、です。

私は、3曲目以降を愛聴するようになってから、LP盤でも『バグス・グルーヴ』を購入しました。

それからはLPで主に聴いてきましたが、A面(1~2曲目)は、2回しか聴いていません。

B面ばかりを何度も何度もかけてきました。

B面の演奏は、最初から最後まで素晴らしいので、大抵は頭からかけて、終わりまで聴いてます。

ここからは各曲の解説に入りますが、A面は完全に無視し、B面の曲だけを取り上げます。

一般的なこのアルバムの紹介の仕方とは全く違うが、そんな事は気にしない。

そもそも、A面は多くの方が解説しているので、私がやるまでもないでしょう。

逆に言うと、B面については、最高の内容なのに、充実した解説をしている方がいない。

大した内容の無いA面に縛られて、B面は不当に低く評価されていると思う。

ジャズの入門者に、私と同じ悲しみは味わってほしくありません。

だから、全力でB面の良さを解説し、『バグス・グルーヴ』の世評を変えたいと思います。

長文になってきたので、2回に分け、各曲の解説はバグス・グルーヴ②に書く事にします。

(2015年11月4日に作成)


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