「失敗」という幻想を、幻想と見抜いて活用する

 神

失敗という幻想は、「何事にも失敗はない」という究極の現実を体験するために、活用できる。

あなたのする事に失敗はなく、すべては「プロセス」に過ぎない。

自分ではないものが存在しなければ、『真の自分』を体験できない。

だから、自分ではないもの(失敗だと感じるもの)を体験している時は、「真の自分を体験する途中なのだ」と理解しなさい。

失敗と思うものが訪れたら、愛情を込めて抱き取りなさい。

非難したり抵抗してはいけない。
見つめれば、ありのままの姿が見えてくる。

失敗という幻想は、「自分はいつも成功している」と気付くための道具になる。

失敗の幻想から離れるには、すべてを成功の一部だと見ればいい。

すべては成功に繋がるし、成功のためのプロセスの一部だ。

この事を、特に科学者は理解している。
真の科学者は実験の失敗を楽しむし、「実験の失敗は成功への道だ」と理解している。

失敗の幻想は、成功の喜びを体験するために必要なのだ。

もしすべてに成功していたら、それが成功だと分からなくなり、栄光を体験できない。

本当は、失敗は無い。
「様々な側面を現わす成功」があるだけだ。

これが分かれば、感謝の念が起こるだろう。

そして、「私は天使以外の何も、あなた方の所へ送らなかった」「私は奇跡以外の何も、あなた方に与えなかった」という言葉の意味を、ようやく理解できるだろう。

(『神とひとつになること』から抜粋)


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