「不足」という幻想を、幻想と見抜いて活用する

 神

不足という幻想は、「豊饒(豊かさ)」を経験するために、活用できる。

「持っている事」を知るには、どこかで「持たない」という体験をしなければならない。
そこで『不足という幻想』が登場する。

不足という経験の創造は、豊饒を知って経験するためだった。

不足の幻想から抜け出るには、どうすればいいのか。

それには、誰かの不足を満たしてあげなさい。

お腹をすかせた人には、食べさせてやりなさい。

服が必要な人には、着せてやりなさい。

住まいが必要な人には、住まいを提供してやりなさい。

その時にあなたは、「自分は不足していない」と知るだろう。

必ず、あなたよりも貧しい人はいる。
その人を見つけて、あなたの豊饒さを分かち与えなさい。

何かの受け手になろうとするのではなく、「源」になりなさい。

そうすれば、「自分は、いつでも持っていたのだ」と思い出す。

この真理があるから、「自分にしてほしいと思うように、人にしてやりなさい」という言葉があるのだ。

まず、神の王国(天国)を求めなさい。
そうすれば、すべては与えられる。

神の王国を求めるには、どうすればいいのか?

それには、天国を人に与えてやりなさい。

他の人にとっての天国に、なりなさい。
人生で触れ合うすべての人に、祝福を与えてやりなさい。

この事を覚えておきなさい。

『与えれば、あなたはそのものに(その源に)なれる』

(『神とひとつになること』から)


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