(以下は『大作曲家が』からの抜粋
2011年4月13日にノートにとり勉強したもの)
🔵オペラ作曲について(ラモーの話)
舞台上のしきたりを理解し、全ての登場人物を心に描けるようにすること。
踊りを感じなければならない。しかし細い動きにこだわらないこと。
声と演技についても知る。
最初に取り組むのは、悲劇よりもバレエ音楽がよい。小規模作品から始める。
心を楽しませ、思いつきから生まれる作品を多く書き、やがて大作も書く。
オペラを書いた時、私は50歳だった。
私に可能性があるかは考えなかった。試みて成功したのだ。
(補足 ここで言うバレエ音楽はチャイコフスキーのようなものではなく、当時の軽劇楽のこと。
ラモーは背が高く、異常に痩せていた。孤独を好み、よく散歩をした。)
🔵作曲の注文(エマヌエル・バッハ)
聴衆や特定の人ために曲を作る場合、私自身のために書いたわずかな作品よりはるかに束縛を感じた。
非常にばかげた注文もあったが、かえって創造力を刺激したこともあった。
(補足 彼は名著の『クラヴィア奏法試論』で、教師は弾いて見せて教えるべきと語る。ロ三味線で教えるのはもっての他と言っている。)
🔵オペラ作曲について(グルック)
序曲は筋書きへのヒントを与え、示唆するものでなければならない。
楽器は、ドラマに応じて決定されるべき。
セリフは、アリアとレチタティーヴォの間に極端な隔たりがあってはいけない。
そうしないと演技が断ち切られてしまう。
私は最大の努力を平明さに捧げ、難解さは避けてきた。
必要な時は喜んで規則を犠牲にした。
(補足 グルックは自作を自ら指揮したが、それは歌手が勝手に歌わないよう目を光らせるためだったと言われる。
オペラを全てが総合されたものと考えており、ワーグナーへの路線を敷いた。)
🔵作曲の仕方(ハイドン)
悲しい時も幸せな時も、いつもピアノの前に座り、即興的に弾き始めたものだ。
いったん楽想をとらえたら、規則に従って展開し、まとめるように全力をつくした。
こうして自身を鍛えていった。
多くの作曲家が高みに到達しないのは、それをやらないからだ。
多くの作曲家は小さな楽想の断片をつなぐだけで、それをバラバラにしてしまう。
そうした作品は心に残らない。
(※自分もこれに当てはまる。これからは気を付けよう。)
私は慎重にコツコツと書いていく。
そうした作品は後世に残り、音楽通はスコアからすぐに読み取ってしまう。
(※何事も時間がかかるということだ。)
🔵作曲の方向(モーツァルト)
私のピアノ協奏曲は、難度は中程度で手頃である。
華麗で耳ざわりが良く、通でない人もどうしてだが判らずとも喜びを感じないではいられない曲になっている。
今は中庸さは尊重されない。
喝采を受けるには、すぐ歌えるつまらないものか、自分だけに判ると思わせて喜ぶような難しいものを書かなければならない。
🔵作曲の仕方(ベートーベン)
ピアノに向かう時は、スケッチでもいいから楽想を書きとめなければならない。
そのためにピアノの傍らに小さなテーブルを置く。
だがピアノなしでも書けるようにしなければいけない。
時には単純なメロディや和声でコラールを書いたり、対位法を使ったりする。
正しく表現する能力はだんだん身についてくる。
(補足 楽想をスケッチすることは多くの作曲家が指摘している。
書き出せば、その先の情景は自然と決まってくる。
(※これは全くその通りで、実感している))
(2025年10月8日に作成)