大作曲家たちの音楽論①(以下は『大作曲家があなたに伝えたいこと』千蔵八郎著からの抜粋
2011年4月13~27日にノートにとり勉強したもの)
🔵オペラ作曲について(ラモーの話)
舞台上のしきたりを理解し、全ての登場人物を心に描けるようにすること。
踊りを感じなければならない。しかし細い動きにこだわらないこと。
声と演技についても知る。
最初に取り組むのは、悲劇よりもバレエ音楽がよい。小規模作品から始める。
心を楽しませ、思いつきから生まれる作品を多く書き、やがて大作も書く。
オペラを書いた時、私は50歳だった。
私に可能性があるかは考えなかった。試みて成功したのだ。
(千蔵氏の解説 ここで言うバレエ音楽はチャイコフスキーのようなものではなく、当時の軽劇楽のこと。
ラモーは背が高く、異常に痩せていた。孤独を好み、よく散歩をした。)
🔵作曲の注文(エマヌエル・バッハ)
聴衆や特定の人ために曲を作る場合、私自身のために書いたわずかな作品よりはるかに束縛を感じた。
非常にばかげた注文もあったが、かえって創造力を刺激したこともあった。
(千蔵氏の解説 彼は名著の『クラヴィア奏法試論』で、教師は弾いて見せて教えるべきと語る。ロ三味線で教えるのはもっての他と言っている。)
🔵オペラ作曲について(グルック)
序曲は筋書きへのヒントを与え、示唆するものでなければならない。
楽器は、ドラマに応じて決定されるべき。
セリフは、アリアとレチタティーヴォの間に極端な隔たりがあってはいけない。
そうしないと演技が断ち切られてしまう。
私は最大の努力を平明さに捧げ、難解さは避けてきた。
必要な時は喜んで規則を犠牲にした。
(千蔵氏の解説 グルックは自作を自ら指揮したが、それは歌手が勝手に歌わないよう目を光らせるためだったと言われる。
オペラを全てが総合されたものと考えており、ワーグナーへの路線を敷いた。)
🔵作曲の仕方(ハイドン)
悲しい時も幸せな時も、いつもピアノの前に座り、即興的に弾き始めたものだ。
いったん楽想をとらえたら、規則に従って展開し、まとめるように全力をつくした。
こうして自身を鍛えていった。
多くの作曲家が高みに到達しないのは、それをやらないからだ。
多くの作曲家は小さな楽想の断片をつなぐだけで、それをバラバラにしてしまう。
そうした作品は心に残らない。
(※自分もこれに当てはまる。これからは気を付けよう。)
私は慎重にコツコツと書いていく。
そうした作品は後世に残り、音楽通はスコアからすぐに読み取ってしまう。
(※何事も時間がかかるということだ。)
🔵作曲の方向(モーツァルト)
私のピアノ協奏曲は、難度は中程度で手頃である。
華麗で耳ざわりが良く、通でない人もどうしてだが判らずとも喜びを感じないではいられない曲になっている。
今は中庸さは尊重されない。
喝采を受けるには、すぐ歌えるつまらないものか、自分だけに判ると思わせて喜ぶような難しいものを書かなければならない。
🔵作曲の仕方(ベートーベン)
ピアノに向かう時は、スケッチでもいいから楽想を書きとめなければならない。
そのためにピアノの傍らに小さなテーブルを置く。
だがピアノなしでも書けるようにしなければいけない。
時には単純なメロディや和声でコラールを書いたり、対位法を使ったりする。
正しく表現する能力はだんだん身についてくる。
(千蔵氏の解説 楽想をスケッチすることは多くの作曲家が指摘している。
書き出せば、その先の情景は自然と決まってくる。)
(※これは全くその通りで、実感している)
🔵作曲での全体像の把握(ウェーバー)
曲の各部分が目立つと、最初は刺激を与えるが、最後まで聴くと曲全体に溶けこんでいない。
まず全体を理解し、そこから各部分を楽しめるようにするべき。
特にオペラはこれが重要で、各部分が建物の一部として調和していなければならない。
(千蔵氏の解説 ウェーバーも歌手が楽譜通りに歌わないのを嫌った。)
🔵作曲の心得(ロッシーニ)
必要に迫られることほど創作への刺激になることはない。
催促に来て髪をかきむしる劇場支配人がいるような時さ。
私がオペラを書いた頃は支配人はみんな30歳で禿げてたよ。
セビリアの理髪師は2週間で書いた。それを聞いたドニゼッティは「あいつは怠け者だからね。」と言った。
当時は前に書いた曲を使い回すことも多く、劇場は絶えず新作を上演しなければならなかったため、内容重視ではなかった。
🔵作曲の心得(シューベルト)
私が「聖なる処女への讃歌」で表現した敬虔さに皆は驚いていた。
私は無理な感動を求めず、無意識を心がけた。
(千蔵氏の解説 功名心ではなく、詩から受けた感動をそのまま表現した時に、人も感動すると言っているのである。彼は策を弄するタイプでなかった。)
🔵オペラについて(ベッリーニ)
セリフと音楽は自然であることが必要。それを忘れると重苦しくなり、心を打たない。
🔵旋律について(ベルリオーズ)
多くの人が私の音楽を「旋律が無い」と言いますが、主題に短い旋律を配せず大きなスケールで旋律を現わしているので、鑑賞能力のない人には識別しえないだけです。
(千蔵氏の解説 当時はオペラが大人気だったため、それへの反発とも考えられる。)
🔵音楽スタイル(グリンカ)
ベルリオーズらを研究しオーケストラ作品を書こうと決心しました。
絵画的な幻想曲の形になるでしょう。
弦楽四重奏と交響曲はほとんどの人がその複雑さを恐れ、一方で協奏曲・変奏曲はまとまりがありません。(彼はリストに好意を持っていなかった)
楽器の生産と演奏に改善がもたらされたのを生かして作品を書くべきです。
🔵歌について(メンデルスゾーン)
音楽が私に訴えてくるものは、あまりにも明確なのです。
私の作った歌(無言歌)を言葉では説明できません。
言葉は人によって異なった意味を持ちます。
歌(無言歌)だけが誰にでも同じ感情を呼び起こすのです。
(千蔵氏の解説 ここで言っている歌は、「無言歌」という歌詞のない器楽曲のこと。)
🔵一流になるためには(ショパン)
偉大な作曲家になるには、特に自分の作品を厳しく検討しなければなりません。
パリには、若い有能な作曲家が出番を待って並んでいます。
(千蔵氏の解説 ショパンは1ページを仕上げるのに書き直しをくり返し、6週間もかかったと、愛人だったサンドは言っている。
ショパンは「ベルリオーズは適当に作曲している」と言い、リストについては「国会議員か、エチオピアかコンゴの王になる」と言っていた。)
🔵作曲の動機(シューマン)
私はどんな事からも創作の刺激を受けます。
政治、文学、人生を、私のやり方で考えて作品としてまとめようとします。
そのため時に作品が理解しにくいこともあります。
曲作りは私の心をゆり動かす特別な出来事が要因となっていて、それを表現するのです。
私が最近の音楽に不満を持つのは、表現している感情が低級なためです。
🔵表現したこと(リスト)
ここ数年、多くの国を旅行してきた。私の魂は深い感動をいくつもし、その感動と印象を音楽の言葉で表現しようとした。
(千蔵氏の解説 これは「巡礼の年」という曲集の序文の一節。
リストは交響詩を創始するが、それについても標題音楽ではなく深い感動を表わしたものだと言っている。風景などの単なる写実ではないと主張している。)
🔵私のテクスチャー(ワーグナー)
私の独特なテクスチャーは、気分の移行を全て結びつけて統合するためなのです。
私の斬新とされる技法は、その「移行」に存在しているといっていい。
唐突で突拍子もない移行が必要な時もあります。しかしその場合、明確な準備が必要です。
移行技法の最高傑作は「トリスタンとイゾルデ」の第二幕の長大な場面です。
最初は激情的な生に始まり、厳粛な死への憧れに終わります。
いかに移行させたかを見て下さい。
🔵レベッカ(オラトリオ作品)について(フランク)
五線紙に書く前に熟考し、多くの時間を必要とします。
今回もふさわしい色合いをどうやって出すかを探り続けていました。
しかし今から取りかかり、2週間で書き上げるつもりです。
(千蔵氏の解説 フランクの書法は「循環形式」が有名で、作曲の指導でも生徒に絶えず転調を要求した。
他の作曲家たちはそれを批判することが多く、例えばラヴェルは「理性はあるが感性はない」と言い、サンサーンスは「彼は音楽家だが詩人ではなかった」と言っている。
🔵形式について(スメタナ)
私には絶対音楽は書けない。私の作品は音やモチーフを形式的に扱って作られたものではない。生活の中の情景を描いている。
これまでの形式は、すでに存在価値を失っていると私は結論した。
(千蔵氏の解説 1848年の2月革命後から愛国的国民主義の手法を導入した。
1874年に完全に聴力を失った。)(※これは初めて知った。ベートーベンと同じ人が他にもいたとは。)
🔵ブルックナーについて(解説のみ)
(千蔵氏の解説 交響曲の第一楽章ですら荘重で緩徐楽章のようなので、「アダージョ・コンポニスト」と評された。
当時の人々は、彼を素朴な人というよりも、風変わりで非文明的な人物と受けとめていた。)
🔵オペラについて(ボロディン)
オペラは細かい部分は考える必要はありません。大胆な太い線が必要です。
声楽を第一、オーケストラを第二に考えます。
(千蔵氏の解説 当時のロシア作曲家たちは、しょっちゅう集まって作品を聴かせ合っていた。)
🔵大衆について(サンサーンス)
大衆は理解しやすい楽しい音楽が好きで、そういうのは規則通りの和声で書かれている。
多くの人が喜ぶのはセンチメンタルな音楽で、魅力的な歌が必要だ。器楽曲には見向きもしない。
🔵声楽(キュイ)
声楽曲は言葉の意味と完全に一致しなければならない。歌詞はそれぞれに特別な意味を持っているので、それに適合させることが絶対に必要だ。
心理的な感情は、詞よりも音楽の方がしばしば深く表現できる。
音楽は心の動きを豊かな色彩で描き、最も深い感情も表現しうる。
それに対し、言葉は限定された意味を表わす。
(千蔵氏の解説 キュイはロシア五人組の一人。ワーグナーを悪趣味として酷評していた。)
🔵形式について(バラギレフ)
形式も変化しており、進歩している。
古い形式を学ぶよりも、 リストの「レ・プレリュード」なんかを研究した方がいい。
レ・プレリュードはすばらしく、ひとつのモチーフを機能させて全体をまとめている。
🔵旋律(ビゼー)
多くの人は旋律を、着想と間違えて解釈しています。
旋律の才能がなくても大作曲家になれますが、金と名声は得られません。
モーツァルトとロッシーニが最も才能を持っています。
私はオーケストレーションに自信があり、旋律についても私に欠けていたものを発見しました。
オペラ用の旋律はリズミックで覚えやすく、趣味の良いものを作りました。
🔵テクニック(ムソルグスキー)
テクニック至上主義者にその目的や意味をきいても説明してくれません。
なぜなら目的や意味も結局はテクニックから出てくるからです。
(※テクニックに溺れているという事)
(千蔵氏の解説 ムソルグスキーの法則にとらわれない書法は、以後の作曲家に多大な影響を与えた。
オペラでは実生活をそのまま再現する手法をとり、リアリズムとされた。)
🔵作曲の仕方(チャイコフスキー)
スケッチをまず書きます。骨格だけの形を手早く書きとめます。
どんな楽想(メロディ)も、固有のハーモニーとふさわしいリズムがあります。
ハーモニーが複雑な時は、スケッチの段階でも細かく書きます。
簡単な時はバス進行だけを書きます。
オーケストラ作品のスケッチだと、楽器の組み合わせによる色彩感を持って聴こえてきます。
(※これを読み、今までは各楽器の固有音による使い分けしか想定してなかったが、混ざり合った音(色彩)も重要だと気づいた!)
(千蔵氏の解説 彼は自分について、欠点は形式性の弱さだと分析している)
🔵国民主義の音楽(ドヴォルザーク)
最近までスラヴ音楽は他の民族には知られてなかった。
ショパン、グリンカ、スメタナらがスラブ楽派を作り上げた。
民族音楽は再発見され、新しい衣を着せられて現れたのだ。
必要なのは前時代の断片を、調和のある全体へと溶け合わせる力量である。
(千蔵氏の解説 ドヴォルザークはスメタナを聴いて国民主義に目覚めた。
彼は「作曲家の使命は人々に喜びを与え、民族の理想を支持するものでなければならない。」と言っている。
彼のメロディはペンタトニック・スケールを使い、それをロマン主義的ハーモニーで味付けしている。その折衷的な書法が魅力となっている。)
(※これを読み、もっと日本の音楽を勉強しようと思った)
🔵作曲のインスピレーション(マスネ)
1年のうち7~8ヵ月はエグレヴィルという田舎にいる。
森や谷の歌、風景から私のリズムが生まれてくるんだ。
🔵作曲法(グリーグ)
私の和声とノルウェー民謡の関わりは、私にとって神秘的であった。
民謡が思いもよらないハーモニーの可能性を含むと発見した。
隠されているハーモニーを知り、表現しようと考えた。
和声づけには、半音進行の使用を特に試みてきた。
🔵オーケストレーション(リムスキー・コルサコフ)
オーケストレーションは作品の魂そのものである。
私は次の公理に従って行っている。
①汚い性質の音は存在しない
②演奏しやすくする
③規模は現実的にする(頭で考えただけの編成にしない)
🔵インスピレーション(フォーレ)
時々、私は言葉では表せない空想が沸き起こる。
存在しないものへの願望は、音楽の領域に属するものなのだろう。
🔵作曲の三段階(ダンディ)
作曲には着想・計画・実行の三段階が必要だ。
着想は二つに分かれる。
交響的な曲は太い線と全体の輪郭を作る。
もう一つは主題やモチーフの決定で、それは曲の本質を決定する。
計画は、全体と細部の配置を決定する。
実行は、必要ならオーケストレーションを加え、五線紙に書く。
(千蔵氏の解説 ダンディはこのプロセスを理解するにはベートーベンのスケッチブックによく目を通せと言い、そうすればモチーフを手当たりしだいに書きつけるだけで完了するという愚かなことはしなくなる、と言っている。)
🔵作曲中について(ヤナーチェク)
作曲中は、どんな物音でも妨げられてしまいます。邪魔になるのです!
それは、呼吸をさせまいと誰かに口をふさがれる、出産の時にそれを無理に押さえ込まれる、ようなものです。
身体的な問題ではなく、精神バランスが崩されるのです。
(千蔵氏の解説 ドビュッシーも机の上にある木彫りと金魚鉢の向きが違うと、それを直すまで作曲にかかれなかったという。)
🔵お蝶夫人(プッチーニ)
日本大使の妻・大山夫人の訪問を受け、いくつか日本の歌も聴きました。
彼女にお蝶夫人(蝶々夫人)の台本の筋書を話したところ、お蝶夫人のような話は実際にあると言いました。
彼女は(登場人物の)「ヤマドリ」という名に賛成せず、適切でないと言いました。
日本の芝居では名がその人物のタイプや性格を表すことになっているので、ヤマドリは良くないと言うのです。
(※今の日本の芝居ではこの伝統はなくなっている。
考えてみると手塚治虫さんのマンガはこの伝統を取り入れている。)
🔵インスピレーション(ヴォルフ)
私は疲れ果てています。楽想が離れてしまいました。
インスピレーション無しに作曲するのはなんと恐しいことでしょう。
12月始めには12日間で13の歌曲を書きました。なんとすばらしいことでしょう。
しかしインフルエンザにかかり、それ以来楽想が浮かんできません。
(千蔵氏の解説 ヴォルフは歌曲の名手で、シューベルト、シューマンに続いてドイツ・ロマン派のリート(歌曲)を頂点へ導いた。
彼はワーグナー派で、ブラームスを酷評していた。
ブラームスへの敵愾心は、彼から対位法を勉強した方がいいと言われたのを根に持って恨んだからと言われている。)
🔵交響曲の書き方(マーラー)
「音と色彩」の様な、気分を表わす音楽を書こうとするのは危険です。
主題は明確である必要があり、変形されても展開されてもそれと判らなければなりません。
そうすれば多様な表現が生まれ、対置された(別の)主題の対照性を通して、際立った表現が生まれます。
ピアノ的思考でオーケストレーションするのはダメです。
ピアノ曲をそのままオーケストラに置きかえるのは単調さを招きます。
(※各声部をしっかり考えていかないとダメということだろう。)
変化と対照!これこそが効果を上げる秘訣です。
(2025年10月8日、15日に作成)