ハウス・ミュージック、テクノ、ヒップホップ(以下は『音楽用語事典』リットーミュージック発行からの抜粋
2010年6月20日にノートにとって勉強したもの)
🔵ハウス・ミュージック
米国・シカゴのゲイ・クラブ(ディスコ)で、DJたちが複数の12インチ・シングルなどを用いて、オリジナル・ミックスをプレイしたことに端を発する、ダンス・ミュージック。
1980年代の半ばからレコードの形で紹介されるようになった。
初期のハウス(=シカゴハウス)は、4拍全てにキックが入るチープな音色のリズム・マシンビート、単純なラインを繰り返す重低音ベース、 ラテンっぽいピアノのバッキングが特徴だった。
間もなくアシッド・ハウス・ミュージックや、アンビエント・ハウス・ミュージックなどの流派が 生まれ、スタイルのカテゴライズが難しくなった。
サンプリングによる既製のフレーズの引用、 打ち込みとのミックスなども大きな特徴である。
(以下は『ウィキペディア』からの抜粋
2010年5月28日にノートにとって勉強したもの)
🔵テクノ
1980年代の初頭から徐々に作られた、米国のデトロイトを発祥とするエレクトロニック・ダンス・ミュージック。
1980年代の前半~中盤にかけて、シカゴに隣接するデトロイトでもシカゴのハウス・ミュージックが持ちこまれ、新しい音楽の運動が生まれた。
テクノの創始者は、DJのビルヴィレ・スリーが挙げられる。
スリーらは、ハウス・ミュージックの持つ享楽性に対し、厳しい現実を反映したシリアスな音楽を志向し、政治や思想を盛り込んだ。
テクノはシカゴ・ハウス・ミュージックの影響下で生まれ、ハウスにはあまりなかった電子音をホアン・アトキンスが使ったのが特徴だった位で、ハウスの範疇から外れてなかったといわれる。
区別されるようになったのは、イギリスの会社と契約した後のマーケティング戦略であった。
現在はテクノの方がより速くハードである。これは1988年以降のことである。
テクノの名付け親は、第1人者でもあるホアン・アトキンスである。
1990年にレイヴがヨーロッパで流行った頃、テクノの作品がヨーロッパに流れこみ、衝撃を持って迎えられた。
そして刺激的な音の先鋭的なダンスミュージックとして定着した。
アメリカではアンダーグラウンドなままで、ヨーロッパで広く親しまれているのが現状。
1992年に、テクノの特徴をさらに推し進めたものとして、ハードミニマルが登場した。
これは極端に音数を減らし、暴力的な4つ打ちやパーカッションのみで構成されたレコード(自作)を使用する。
日本では1990年代の前半~中盤にテクノは流行した。
日本では、テクノがどういった音楽を指すかはっきりしない過渡期にヨーロッパ経由で入ってきたため、テクノ=エレクトロニック・ダンスミュージック全般という誤解を生んだ。
現在でもテクノを、トランスやハウスを含むエレクトロニック・ダンスミュージック全般と見る向きがある。
さらにテクノ・ポップとも混同される事が多い。
🔵デトロイト・テクノ
デトロイト発信のテクノ、又はデトロイト出身者に共通して見られる特徴を含んだテクノを指す言葉。
その特徴は、16ビートのシーケンス、ドラムマシンの多用、ストリングス・パッド系音色の多用、ノン・ヴォーカルなど。
ホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケビン・サンダーソンら、1980年代中期にデトロイトで活動していたDJたちが開祖とされる。
(以下は『音楽用語事典』リットーミュージック発行からの抜粋
2010年6月19日にノートにとって勉強したもの)
🔵ヒップホップ
1970年代の後半に、米国ニューヨークのゲットーに住む黒人ティーンエイジャーたちによって生み出されたストリート・カルチャー(路上文化)のこと。
具体的には、ブレイク・ダンス、ラップ、グラフィティなどから成る。
1980年代に入ると世界的なブームとなり、音楽シーンにも多大な影響を与えた。
①ラップ
ダンスビートに乗せてリズミカルに早口の語りを乗せていく。
韻を踏みながらメッセージを喋る。
②ヒップホップDJ
2台のターンテーブルとディスコ・ミキサーを駆使して、ブレイク・ビーツをラッパーに提供し、ときにはスクラッチなどのプレイを見せるパフォーマーのこと。
③スクラッチ
レコードプレイヤーを使ったSE(サウンド・エフェクト)の一種。
レコードを擦って空回りさせると同時に、ディスコ・ミキサーのクロスフェーダーを操作して作り出す効果音。
(2026年5月4~5日に作成)