(『図説 楽器の歴史』フィリップ・ウィルキンソン著から抜粋)
🔵オーボエ
オーボエは、2枚のリードを振動させて音を出す。
このアイディアは古代からあり、古代ギリシアの楽器「アウロス」はダブル・リードだった。
アウロスは劇場の合唱をリードしたり、儀式の伴奏で使われた。
中世に入ると、アウロスの代わりに「ショーム」が登場した。
ショームは中東から伝わったと思われ、ルネサンス時代にヨーロッパに普及した。
ショームもダブル・リード楽器で、様々な大きさのものがあり、音域が違っていた。
オーボエは、17世紀の中頃に誕生した。
奏者の唇が常にリードに触れているため、2枚のリードを自由に振動させることができる。
音量も出るが、柔らかく吹いた時の美しい音は格別である。
作曲家リュリらによって、ショームは「オーボエ」に置き換えられた。
オーボエは、アリアの伴奏にも使われ、長いフレーズを歌うように演奏できると知らしめた。
オーボエは吹き込む息の量がわずかですむので、1回の息継ぎで長く吹ける。
18世紀には、オーボエから派生した「オーボエ・ダーモレ」が人気となり、J・S・バッハも作品でよく使った。
オーボエ・ダーモレは、オーボエよりも音程が短3度低く、少し鼻にかかったような甘い音が出る。
バッハは、別種の「オーボエ・ダ・カッチャ」も使っている。
これはイタリア語で「狩りのオーボエ」を意味し、曲がった管で、先端に金属製の大きなベルが付いている。
金属の大きなベルから音が出るが、オーボエとホルンを混ぜたような独特の甘い音である。
バッハの後期の作品によく使われた。
この楽器は1720~60年ごろに流行したが、やがて全く使われなくなった。
オーボエはメカニズムの改良が進み、キーが追加された。
1860年代にフランスで、モダンなオーボエが完成した。
オクターブ・キーが付いており、パリのコンセルヴァトワールに採用されたので、「コンセルヴァトワール式」と呼ばれるようになった。
イギリスでは、「サムプレート式」が使われている。
上の2つのキー・システムは、運指が異なる。
🔵イングリッシュホルン
イングリッシュホルンは、オーボエの仲間で、オーボエよりも低音域を担当する。
アメリカでは「イングリッシュホルン」、イギリスでは「コールアングレ」と呼ばれている。
この楽器は、中央ヨーロッパで1720年代に誕生した。
オーボエと同じく、「ショーム」という楽器から派生した、ダブルリードの楽器である。
ちなみに17~18世紀には、「テノール・オーボエ」という低音域のオーボエも登場した。
これは「ターユ」とも呼ばれ、オーボエよりも長い管だった。
この楽器は1780年代になると廃れて、姿を消していった。
イングリッシュホルンは、オーボエから派生した「ターユ」と「オーボエ・ダ・カッチャ」の両方と、密接に関係がある。
同じF管で、当初はカッチャと同じく管が曲がっていた。
作曲家では、ハイドン、モーツァルト、グルックが、イングリッシュホルンを作品に使っている。
イングリッシュホルンの改良は、1820年頃に始まり、直管型が作られた。
直管型は音量は大きいが、曲管のもつロマンティックな音色はいくぶん失われた。
直管型はパリ・オペラ座で採用されて、オーボエと共に使われた。
音色が曲管型よりもオーボエに近いので、木管セクションに馴染むのが理由だった。
作曲家のベルリオーズは、あらゆる楽器の音の性格に精通した人で、イングリッシュホルンも上手く用いた。
幻想交響曲(1830年)の緩徐楽章の冒頭は、イングリッシュホルンで始まる。
なおロッシーニやベッリーニの曲もそうだが、初演時は曲管型で演奏されたとも考えられる。
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」や、フランクの交響曲二短調、ドビュッシーの管弦楽曲「夜想曲」でも、イングリッシュホルンの素晴らしいソロがある。
🔵ファゴット(英語名はバスーン)
ファゴットは、多芸多才な低音担当の木管楽器である。
これもダブルリード楽器だ。
前身は「ドゥルシアン(別名カタール)」で、これもダブルリード楽器だった。
ドゥルシアンは管を2つ折りにしたような構造で、ソプラノからバスまで様々な音程のものが作られた。
そのうちバス・ドゥルシアンが、よく使われることになり、他の楽器の音に埋もれない力強さがあった。
17世紀の中頃に、ドゥルシアンの進化版としてファゴットが誕生した。
ファゴットも様々な音域のものが作られたが、クラシック音楽では低音用のファゴットだけが定着した。
高音域の「テナルーン」も時々使われている。
ファゴットが登場したのは、バロック音楽が最盛期を迎える頃だった。
フランスの作曲家リュリは、いち早くオペラ作品でオーボエ、ファゴット、フルートという編成を使い、オーケストラの拡大に重要な役割を果たした。
ヴィヴァルディは、ファゴットのための協奏曲を39曲作ったとされ、37曲が現存している。
ボヘミアの作曲家ヤン・ゼレンカも、室内楽でファゴットに重要な役割を与えた。
モーツァルトは、ファゴットに独自パートを与えていることが多い。ファゴット協奏曲も書いている。
19世紀の初頭に、ドイツ人のカール・アルメンレーダーとゴットフリード・ウェーバーは、ファゴットの改良を行い、キーを追加して音域を拡げ、運指も楽にした。
ヨハン・アダム・ヘッケルは、アルメンレーダーの仕事を受け継ぎ、ファゴットをさらに改良した。
「ヘッケル・システム」のファゴットは普及し、現在でも使われている。
他方で、フランスでは「ビュッフェ・システム」が開発されて、これは運指が異なる。
ファゴットは、音域が広くて、だみ声の様な深い低音は速いパッセージや変拍子のリズムで使うとコメディ的になる。
歌心も充分にあるので、協奏曲や独奏曲にも向く。
🔵コントラファゴット
17世紀末から18世紀初頭に、それまでのファゴットよりも1オクターブ低い、「コントラ・ファゴット」が登場した。
これは木管楽器としては特大サイズで、重低音を担当する。
現存する最古のコントラファゴットは、1714年製で、高さが2.7mもあり、組み立て式のものだ。
この楽器は、形が大きいのもあって、非常に高価だった。
バッハはコントラファゴットの低音を気に入り、「ヨハネ受難曲」で使うよう指示している。
ハイドンも「天地創造」や「四季」で使った。
モーツァルトは「フリーメイソンのための葬送音楽」でのみ使っている。
ベートーヴェンは交響曲第5番や、オペラ「フィデリオ」で使った。
1850年代になると、チェルベリーが考案したコンパクトな楽器「トリトニコン」や、金属製の太管を使った「ハーモニーバス」が登場した。
1856年にピエール=ルイ・ゴトロが特許を取った「サリュソフォン」は、発案者のサリュスの名をとって命名されたが、金属製の太管のダブルリード楽器である。
パワフルな音なので、野外演奏でオーボエやファゴットの代わりに使われた。
マスネ、ラヴェル、デュカスら、フランスの作曲家は、サリュソフォンを使っている。
上記の新しい楽器が登場したため、コントラファゴットは19世紀にはほとんど使われなくなった。
ところがアダム・ヘッケルとヴィルヘルム・ヘッケルが、1877年に新型のコントラファゴットを作り、速いパッセージも吹けるようにした。
ワーグナーはその音に感動し、オペラ「パルジファル」(1882年)で使った。
ヘッケルのモデルは、現在では標準規格になっている。
現在のコントラファゴットは、全長は5.5mで、長い管が折り曲げられた形になっており、エンドピンがあって床に置いて演奏できる。
ヘッケルの改良により、コントラファゴットはオーケストラ作品に使われることが多くなった。
わずかではあるが、コントラファゴットの協奏曲や独奏曲もある。
🔵ヘッケルフォン
ヘッケルフォンは、ヴィルヘルム・ヘッケルが木管セクションの低音を充実させるために開発した。
イングリッシュホルンを大きくしたような外見で、深みのある音色である。
大編成の管弦楽曲によく登場する。
19世紀にフランスで低音用のオーボエが開発されて、「バリトン・オーボエ」と「バス・オーボエ」が誕生した。
しかしこれは、弱々しい音で普及しなかった。
ヴィルヘルム・ヘッケルは、バス・オーボエを改良して、自分の名前をつけて1904年に売り出した。
この楽器は長さは120cmあまりで、直管の先に丸い球根形のベルが付いている。
先端にエンドピンがあり、床に置いて演奏する。
リードはファゴットと同じくらいの大きさ。
ヘッケルフォンは、バス・オーボエよりも豊かに響く。
リヒャルト・シュトラウスはヘッケルフォンを気に入って、オペラ「サロメ」(1905年)や、 オペラ「エレクトラ」、アルプス交響曲で使っている。
シュトラウスは、ベルリオーズの著作『管弦楽法』に補筆していて、バス・オーボエとヘッケルフォンにも触れている。
またヒンデミットは、「ピアノ、ヴィオラとヘッケルフォンのための三重奏曲」 (1929年)を書いている。
(2023年9月4&29~30日に作成)