アメリカ政府の初期の対日占領方針

(『戦後秘史・第6巻』大森実著から抜粋)

1945年10月7日に、興味深いラジオ放送がNBCからあった。

当時の日本は、上野駅や大阪梅田の地下トンネルでは裸の餓死者が連日で転がっていた。

このNBCラジオの特別番組は、アメリカ国民向けだったが、陸軍ラジオ部が世界に中継したので東京でも聴けた。

正式の番組タイトルは『NBC放送大学』であった。

出演者は、米政府の対日占領政策を牛耳る3人で、彼らはSWNCCの極東部の主要メンバーだ。

(SWNCCは、アメリカ政府の国務省・陸軍省・海軍省の調整委員会のことです)

出演者の3人とは、ジョン・カーター・ヴィンセント(国務省の極東局長)、ジョン・H・ヒルドリング少将(戦争省の民政部長)、R・L・デニソン大佐(海軍省のSWNCC極東小委代表)である。

このうちジョン・カーターは、アメリカ政府内で天皇制廃止を強く主張した人物として有名である。

この放送を、SWNCCのオフィスの片隅でおそらくエリノア・ハードレーとテオドル・コーエンも聴いていただろう。

2人はOSSからSWNCCに召集された日本専門家で、太平洋戦争中から密かに日本を研究し続けていた。

テオドルは日本の発電所を調査しており、エリノアは日本の木造船舶を調査していた。

テオドルが来日してGHQのESS(経済科学局)の労働部長となり、読売争議を手がけ、さらに徳田球一ら日本共産党の幹部と共に二・一ゼネストを手がけた史実は、戦後秘史・第4巻『赤旗とGHQ』で詳述した。

エリノアは、来日後に財閥解体を担当した人物である。

ここからラジオ番組の内容に入っていくが、司会者のフィッシャーは冒頭でまずこう尋ねた。

「このほどホワイトハウスから発表された対日占領政策の『一般方針指令』について聞いていきます。

まず日本はどうなるのでしょうか。」

これに対し、ジョン・ヒルドリングが解説した。

「まずSWNCCの機能から説明しましょう。
これは国務省・陸軍省・海軍省の政策調整機関です。

対日占領政策はここで立案され、大統領の承認を受けると、統合参謀本部を通じて、東京のマッカーサー司令部に伝達されるのです。

我々は週2回、定例会議を開いて、政策を決定します。」

司会者は疑問をぶつけた。

「しかし、マッカーサーは本国の助言を好まないというじゃないですか」

ジョン・カーター・ヴィンセントが答えた。

「それは嘘です。多くの文官がGHQに派遣されて、マッカーサーに手厚く処遇されています。」

だが、これに先立つ45年9月19日に、ジョン・カーター・ヴィンセントの上司であるディーン・アチソン国務次官が、「占領軍の司令官は、ワシントンの政策を実施する道具にすぎない」と声明を出し、マッカーサーを怒らせている。

本国の文官とGHQの職業軍人の闘争は、すでに始まっていたのである。

ジョン・カーター・ヴィンセントは、財閥解体についてはこう述べた。

「問題は2つあります。

1つは財閥のメンバーのうち、戦争犯罪者を完全に退治すること。もう1つは、財閥持株会社の持株を全部破壊すること。

この2つが主要な目標です。」

司会者が質問した。

「その目標の中に、金融企業の結合体は入っていますか?」

ヴィンセントは答えた。

「その通りです。
 これについてのマッカーサー声明をお聞きになったと思います。」

この声明は、9月6日付のトルーマン大統領の指令(あとで11月1日付の基本指令になった)に基づく、マッカーサー声明の事である。

そこでは『日本の商工業の大部分を支配していた工業や金融の大企業結合(財閥)の解体に助力せよ』とある。

司会者の質問が続く。

「ワシントンには、日本の財閥をいじめすぎるなとの声もありますが」

これにはR・L・デニソンが答えた。

「いくつかの批判もありますが、我々は財閥の指導者も含めて、戦争犯罪者の全員を戦犯裁判にかけようと考えています。」

司会者

「では、戦争に貢献した全ての大企業に適用されるのですか」

ジョン・ヒルドリング

「日本では武器弾薬など戦力になり得るものは、製造も開発も禁じます。
これを推進していくと、工業力は十分に減殺され、すべて抹殺される事さえ可能でしょう。」

ジョン・カーター・ヴィンセント

「この計画で、日本経済の再編成・再教育が行われます。
我々の厳しい監督下で、日本は平和な生活目的だけに指向されるわけです。」

司会者

「そんな事をやると、失業が起こるのではないですか。
 何百万人もの兵隊が武装解除されるのですからね。」

たしかに日本では当時、軍服姿の失業者が巷に溢れていた。

ジョン・カーター・ヴィンセント

「我々は、日本経済の諸解決を日本人に委ねる原則を貫こうとしています。
経済問題の責任は、戦争を起こした日本人にあるわけです。

これからの日本は、農業と漁業だけに重点を置くべきです。
その他にも、荒廃した都市の復興工事だってある。」

司会者

「日本の重化学工業にいた労働者の群れは、どうなりますか」

ジョン・カーター・ヴィンセント

「平和産業に新しい職場を見つけるでしょう。
日本経済の新計画は、国内市場だけに向け直すことにあります。」

司会者

「では、日本の外国との貿易はどうなりますか」

ジョン・カーター・ヴィンセント

「日本が戦前にやっていた不健康な貿易は、絶対にやらせません。

戦前の日本の貿易は、戦争経済でした。
鉄の輸入も石油の輸入も、人民を潤すものではなかったのです。

ですから貿易をはるかに低くしても、日本人の生活レベルは保持できます。」

司会者

「日本の食糧事情は、悲劇的な見通しさえあります。
 食糧暴動も起きているそうですが、どうするつもりですか。」

ジョン・ヒルドリング

「マッカーサーの報告では、今年の冬は占領軍が食糧を供給する計画はないそうです。

疫病や社会不安のない限り、動きません。
日本人は食糧を自給できるはずです。」

司会者

「貿易をやるには商船が必要です。
日本の商船隊の再建は許されるのですか。」

R・L・デニソン

「平和経済は看過してやる必要があります。
しかし輸入については、日本を再武装させぬ厳重な管理が必要です。

日本の輸入は、連合国の船で運ぶのが良いと考えています。」

司会者

「日本の民間航空はどうなりますか」

R・L・デニソン

「許されません。
いかなる航空機も許可しない旨を明らかにしています。」

司会者

「大地主たちは、財閥と同じ範疇で破壊されるのですか」

ジョン・カーター・ヴィンセント

「もちろんです。
土地と農業収入は、広範囲な再分配が行われねばなりません。」

司会者

「では、労働組合は?」

ジョン・カーター・ヴィンセント

「もちろんアメリカ政府は、労働組合を鼓舞奨励していきます。
これが民主化の要になります。」

この後、このラジオ教育番組は「日本の進歩を妨害する国家主義の右翼たちはGHQによって厳しく弾圧される」と話し、放送を終えた。

この番組は、ワシントンがスタートさせる日本占領の「冒頭総括」の感があった。

誰にでも分かる平易な調子で、占領方針が〇✕方式で説かれたのである。

(2020年3月4日に作成)


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