『グレート・リセット』クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著の抜粋を書くシリーズ、その第5回目です。
今回は、「デジタル化、自動化、ロボット化、移動の追跡、監視への懸念、今後のトレンド」がテーマになってます。
なお『グレート・リセット』は、2020年6月に書かれ、同年7月に出版された本です。
そして著者のクラウス・シュワブは、世界経済フォーラムの主催者です。
抜粋の後には、私の感想を述べます。
〇『グレート・リセット』クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著から抜粋
2016年に私が、『第四次産業革命 ダボス会議が予測する未来』を出版した時、「テクノロジーとデジタルが今後あらゆるものを大きく変える」と書いた。
(※ダボス会議とは、世界経済フォーラムの年次総会のことです)
あれから4年で、AI(人工知能)は暮らしに溶け込み、ドローン(無人の飛行機)や音声認証や翻訳ソフトが至る所で使われるようになった。
遺伝子学の技術革新も目覚ましく、RNAやDNAを利用した最新技術を使えば、ずっと短期間でワクチン開発が可能になる。
これらの技術は、新しい遺伝子治療の開発に役立つかもしれない。
コロナ・パンデミックは、技術革新を加速させ、全てのデジタル事業を加速させる。
マイクロソフト社のサティア・ナデラCEOは、「何でもリモートで」という今回の風潮が、新技術の採用を加速させると見ている。
ロックダウン(都市の封鎖、外出禁止)を強いられたことで、消費者の大半は一夜にして、オンラインで映画鑑賞したり、外食の代わりに宅配を利用したり、友人とオンラインで会話するようになった。
あっという間に、ほとんどの物事の頭に「e」が付き、「eラーニング」「eコマース」「eゲーミング」「eブック」「e出席」が広まった。
コロナ流行が続けば、人々はデジタル・プラットフォームに頼り続けて、生活習慣に少しづつ根付いていく。
あらゆるものがデジタル化に向かうのは、規制当局も支持するだろう。
何年も前から規制がネックになっていた各領域が、ロックダウン中にいきなり規制が緩和された。
それ以外の手段がなかったからだ。
遠隔治療やドローン配送の例が示すように、必要に迫られれば規制は緩和される。
ロックダウン中の2020年4月に、欧州の金融当局は電子決済の規制を緩和した。
こうした動きはデジタル普及への追い風になる。
コロナ流行は、オートメーション化への追い風にもなる。
オックスフォード大学の学者は、2035年までにレストランの仕事の86%、小売りの仕事の75%、エンターテイメントの仕事の59%が、自動化されると予想している。
コロナ・パンデミックは、ロボットの導入も進める。
ロボットによる宅配が増え、食料品などをロボットが宅配するようになるだろう。
ワシントンDCやテルアビブなどの都市では、大量の宅配ロボットを動かす試験が進んでいる。
中国のeコマースの大手であるアリババや京東商城は、1年半の間に自動宅配サービスが中国全土に広がると述べている。
ソフトウェア・ロボットは、労働のソフトをインストールして、人の労働者に代わって業務を行う。
人ではなく、AIにデータを処理させれば、コスト削減になる。
それと引き換えに、人の失業率は上昇しやすくなる。
コロナ対策では、感染者に接触したかの確認と、接触者の追跡が欠かせない。
接触確認アプリは、リアルタイムに人々の現在位置を、GPSのデータや携帯基地局のデータで調べている。
接触の追跡は、ブルートゥース通信の記録を残しておいて、人と人との接触を調べ上げる。
当然ながらこの技術は、プライバシー侵害の問題がある。
プライバシーを大切にするEU(欧州連合)の市民は、こうしたデータ収集に疑いを抱いている。
中国や韓国の政府は、強制的に上記の感染対策を実施して、本人の同意を得ずに個人の追跡をする決定を下した。
その追跡は、スマホ、クレジットカード、監視カメラまで動員して行うものだ。
香港・特別行政区では、旅行から戻った人などに電子リストバンドの着用を義務づけた。
接触確認アプリは、ブルートゥース通信の機能を使って、同じアプリを使う人との接触を2mの範囲で特定する。
(※スマホなどのブルートゥース通信を使って、その人が誰と接触したかを常にサーバーに記録しておく。そして感染が発覚したら、その記録を見て接触者を特定するのである。)
もし国民全員がこのアプリをダウンロードして、コロナ感染が爆発したら、ほとんどの国民が接触者として検出されることになる。
アップル社とグーグル社は2020年4月に、政府当局が人々の移動を分析できるアプリを、共同で開発すると発表した。
ユーザーは自己判断でアプリをダウンロードし、データ共有に同意する。
しかし人々がデータを提供したがらなければ、どんな接触追跡アプリも役に立たない。
こうしたアプリは、国や企業への信頼の上に成り立つ。
フランスでは、国家主導で独自の接触追跡アプリを開発したものの、参加者が190万人と少なく、アプリを削除する人が後を絶たない。
イギリスも、批判を受けて方向転換し、国内で開発した接触追跡アプリをやめて、アップル社とグーグル社の提供するモデルにすると決めた。
コロナ流行が沈静化して、人々が職場に戻り始めたら、企業は従業員の監視を強化するだろう。
熱感知のカメラで体温を測ったり、ソーシャルディスタンスを守っているかを調べたりする。
従業員の健康や安全を名目に、監視強化を正当化するだろう。
こうした監視は、従業員の生産性をチェックすることができる。
デジタル技術はどれも、人々の行動の監視に使える。
だから未来がディストピア(ユートピアと正反対の世界、最悪の世界)になるリスクがある。
公衆衛生上の利益と、プライバシー保護のどちらを取るかは、熱い議論がこれから交わされるだろう。
コロナ感染を恐れる人々は、「生きるか死ぬかの状況なのに、テクノロジーの力を借りないなんてあり得ない」と考える。
プライバシーの尊重派は、「9.11テロの後に、公共の安全という名目で監視網が広がった。こうした監視は、悪意のある政治に利用される」と考える。
『サピエンス全史』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリは、最新の記事で、「私たちは、全体主義の監視社会か、国民への権限委譲をする社会か、どちらを取るか選択を迫られる」と主張した。
彼はこう述べている。
「企業や政府が、人々の血圧や心拍数を把握できるようになったら、血圧や心拍数からその人の感情を分析できるので、感情の予測のみならず操作までしようとするだろう。」
新技術を管理できるかは、国家や国民1人1人の心がけ次第だ。
ポスト・コロナの時代は、少数のハイテクや健康関係といった企業以外は、困難が続く。
エンターテイメントや旅行や接客といった業種は、パンデミック前に戻ることはない。
新しいトレンドを活用できるかは、どの業種かはあまり関係なく、企業次第だ。
ロックダウンの間、私たちはインターネットに依存した。
ということは、オンライン・サービス業が最大の利益を得たわけだ。
オンライン事業は優位に立ち、アマゾン社などの企業が勝ち組として浮上した。
オンラインの買い物が増えており、アマゾン社とウォールマート社は25万人を新たに雇って、配送のインフラも建設した。
繁華街の小売店やショッピングモールは、さらに落ち込むだろう。
コロナ流行下では、教育や出版もデジタルで行わざるを得ず、会議もリモートでやらねばならなくなった。
ビデオ会議のサービス企業であるズーム社が、時価総額が急上昇したのは、現状をよく示している。
遠隔医療やリモートワークが後退する可能性は低く、健康データを採取するスマート・トイレなども流行するだろう。
コロナ・パンデミックが終わった後に、人々の消費行動がどうなるかは、まだ分からない。
だがオンライン・ショッピングが好まれ、実店舗は完敗する可能性が高い。
スーパーマーケットも苦戦しそうだが、人々が外食を減らす選択を続ければ、地元のスーパーマーケットが儲かり、バーやレストランに損害が出る。
あるアナリストによれば、世界中の都市住民がこれから、緑が豊かで汚染の少ない広くて安い土地に引っ越すという。
リモートワークが定着した場合、オフィス・スペースは供給過剰になる。
リモートワークが普及すれば、「オフィスに通勤するよりも、自宅で仕事するほうが環境に優しく自分へのストレスも少ない」と、多くの人が気付くだろう。
リモートワークが増えると、大都市から人々が流出する可能性が出てくる。
大都市から出れば、安くて広い家に住めるからだ。
ツイッター社は、完全なリモートワークに踏み切った最初の企業だ。
2020年5月に同社のジャック・ドーシーCEOは、コロナが収束しても多くの従業員は在宅勤務ができると、社内に通達した。
大学は今、オンライン教育に移行すべきか悩んでいる。
オンライン教育が続けば、多くの学生は今までと同じ高い授業料を支払うのを承知せず、値下げを要求するだろう。
オンライン教育は効率的だが、キャンパスでの交流が無くなる欠点もある。
解決策は、通常とオンラインの併用にあるかもしれない。
コロナ・パンデミックの後に、私たちは自身の健康の重要性を意識するだろう。
そこで健康産業が浮上する。
そして個人の健康と同じくらい、地球環境の健康も重要視される。
企業レベルでは、大気や水の汚染を防ぐことや、生物の多様性も尊重も重要になる。
〇村本尚立のコメント
上で述べられた今後の予想は、1つの未来予想にすぎず、結局のところ、『私たち1人1人がどのような社会にしたいと考えるか』で決まります。
人々の接触や移動を知るための「接触追跡アプリ」は、日本でも嫌がる人が多くて普及してません。
人々が使いたいと思わない技術やサービスは普及しないので、選択権は市民にあるわけですよ。
だから過度に新しい技術を恐れるのではなく、「取捨の選択をするのだ」と自覚してほしいです。
それで、「危険な形での技術の使い方だ」と思った時は、遠慮なく発言や行動をして、その動きを止めましょう。
権力が何かを強制してきた時は、迷わず批判し、強制が止まらないなら連帯して闘うべきです。
それもまた、必要な社会行動なんですよ。
世界の動向や、未来の世界の在り方は、私たち1人1人が高い意識を持った上で選択すべきなんです。
それが本来の「この世界の創造の仕方」です。