トンキン湾事件
アメリカの直接的な軍事介入のきっかけとなった事件
アメリカの自作自演だった

(『アメリカの時代』ウォルター・ラフィーバー著から抜粋)

1964年8月2日に、北ベトナムの魚雷艇が、トンキン湾でアメリカの軍艦を攻撃した。

アメリカのジョンソン大統領は、すぐに反応した。

彼は、アメリカ空軍に爆撃を命じ、議会に対して「アメリカ軍にあらゆる攻撃を命じられる権利を、私に与えてくれ」と要請した。

この要請は、下院では416対0で可決され、上院では88対2で可決された。

上院で反対したのは、ウェイン・モースとアーネスト・グルーニングである。

それから4年後(1968年)に、「トンキン湾の攻撃は、アメリカ側の扇動によるものだった」可能性が浮上した。

あったとされた2度目の攻撃は、全くのデタラメ(でっち上げ)だった。

トンキン湾事件は、アメリカ軍がジョンソン政権の承認の下で、計画的に北ベトナムを挑発したものと発覚した。

(アメリカ政府は、戦争をするために事件をでっち上げることを、よく行う)

(2014.5.19.)

(『これならわかるベトナムの歴史』から抜粋)

『トンキン湾事件』は、「軍事行動をしていたアメリカの駆逐艦が、北ベトナム軍から2度にわたって攻撃された」とアメリカが発表した事件である。

この事件は、これをきっかけにしてアメリカ議会が、ジョンソン大統領にほぼ無制限の戦争遂行の権利を与える決議をしたほどの、重要な事件だった。

ところが、アメリカ政府の発表には、重大な嘘が含まれていた。

2度目の北ベトナム軍の攻撃は、「実際には無かったこと」が明らかになっている。

(2014.5.19.)


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