第6代国王ムハンマド・アリは、武力で国会を解散させようとする
市民は立ち上がり、新国王を立てる

(『誰にでもわかる中東』から抜粋)

第5代国王ムザッファルが1907年1月に病没すると、ムハンマド・アリが後を継いだ。

ムハンマド・アリは無知で、武力による議会の解散を試みた。

ロシア将校の指揮するイラン・コサック軍団(1879年に創設された、国王の親衛隊)が、1908年6月に国会を包囲攻撃した。

多数の議員が死傷し、首都テヘランは戒厳令下に置かれた。

しかし、各地で市民が武装蜂起し、義勇軍は09年7月にテヘランに入った。

ムハンマド・アリ国王はロシア大使館に逃げ、再開された国会は新国王として12歳のアフマド・ミールザーを就任させた。

(2014年1月20日に作成)


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