(『タックスヘイブンの闇』から抜粋)
工場や社員への投資と、企業買収への投資は、まったく別ものである。
企業が他社を買収するとき、ほとんどは実物投資とはまったく関係がない。
債券や株式の所有者が替わるだけである。
今日のグローバルな企業買収は、95%が実物投資のないものだ。
ケインズは、「所有と経営が遠く離れている事は、悪であり、長期的には財務を悪化させる」と述べている。
2008年の金融危機は、投資家と彼らの所有する資産の間に、障壁を置いたために発生した。
住宅ローン債権などが細かく切り分けられて、世界中の投資家に転売されていた。
オフショア・システムは、著しく非効率で、金融市場から監督者をなくすので危機の発生リスクを高め、富裕者がコストを大多数の勤労者に転嫁できてしまう。
ケインズが目指したのは、オフショア・システムとは正反対のものだった。
ケインズは、第二次大戦中にアメリカのワシントンに派遣されて、「戦後の国際金融秩序をどうするか」の交渉に当たった。
当時のアメリカは、世界大恐慌の反省から金融規制を強化し、規制が緩いままのロンドンに大きな不信感を持っていた。
ケインズは、「無秩序な資本主義は、知的ではなく、公正でもなく、本当の成果をもたらさない」と考えていた。
交渉の総決算となった1944年のブレトンウッズ会議により、IMFと世界銀行の創設が決まった。
彼は、IMFを非政治的な機関にすること(アメリカの介入がない機関にすること)を目指していた。
しかし、上手く行かなかった。
多くの人は、IMFと世界銀行について、「グローバリゼーションや自由貿易を促進する機関だ」と思っている。
だが、もともとの案はそうではなかった。
ケインズらが築こうとしていたのは、むしろ正反対に近いものだった。
彼らは、物品の自由貿易は望んでいたが、資本の自由な移動は望んでいなかった。
彼らは、「資本の移動に規制をもうけなければ、危機が頻発して貿易が混乱する」と考えていた。
ケインズが気付いていたように、『民主主義と自由な資本移動は、対立関係にある』。
資本が自由に移動する世界では、投資家は政府に対して「ノー」と言う力があり、国民の生活は「投資家の群れ」に左右される。
そして、野放しのバブルとバブル崩壊が生まれる。
このような世界では、国が独自の経済政策を行いづらい。
ケインズの答えは明快だった。
『国境を越えた資本移動を規制せよ』である。
この規制は、第二次大戦後に世界中に広まった。
その後、1970年代から世界中で廃止されていった。
資本規制があった時代には、国境を越えて金を移動させるには、許可を得る必要があった。
資本規制は、国内雇用の維持などを追求する自由を、政府に与えていた。
ジョフ・ティリーは、ケインズが資本規制を支持した理由は、『金利は低い状態で維持したほうがいい』との信念を持っていたからだと言う。
これは、ケインズが産業資本家の側に立っていた事を示している。
金融では、貸し手と借り手は上下関係となる。
産業資本家(借り手)は金融資本家(貸し手)に従属しがちで、しかも両者の利益はしばしば対立する。
例えば、金融資本家は高金利を望むが、産業資本家は低金利を望む。
『金融は、社会の支配者ではなく、社会の奉仕者である』、というのをブレトンウッズ体制は実現したのである。
現在のわれわれは、ケインズらの築いたシステムから遠く離れてしまった。
資本移動が人為的に促進されて、邪な利益追求が拡大している。
(2014.3.11.)