アメリカ圏のタックスヘイブン①
フロリダ州マイアミ、繰り延べ税金

(『タックスヘイブンの闇』から抜粋)

アメリカの銀行は2005年まで、海外での不法行為による利益について、何の規制もせずに受け入れていた。

その後、規制がいくつか出来たが、まだアメリカの銀行はダーティ・マネーを受け入れている。

ケネディ大統領は、1961年に中南米諸国との『進歩のための同盟』を打ち出した時に、「中南米の富裕層がアメリカの銀行に隠匿しているマネーを、自国で投資するように促したい」と述べた。

これに対し中南米諸国は、「アメリカが法律を改正して秘密口座を廃止しない限り、それは実現しない」と指摘した。

フロリダ州のマイアミは、1950年代からニューヨークのマフィア「フレンチ・コネクション」のヘロイン密輸ルートの要所になった。

香港経由で入ってくる台湾のドラッグマネーや、中南米からの逃避マネー、コロンビアからのドラッグマネー、も扱った。

1980年代には、マイアミの銀行に預金されているカネの40%は、中南米からのものになった。

1976年以降のフロリダ州は、恒常的に巨額の余剰資金を持つ、唯一の地区となった。

マイアミに住むジャック・ブラムは、こう言う。

「マイアミの不動産の半分は、オフショアのペーパーカンパニーが持っている。

マイアミは、中南米の独裁者や権力者たちの、お気に入りの場所なんだ。」

ケネディ大統領は1963年7月に、『金利平衡税』によって資本の海外流出を抑えようとした。

アメリカ人が外国の証券から得る所得に、最高15%の税金をかけようとした。

この狙いは、アメリカ人が外国の債券を買うために資本を持ち出すのを防ぐ事にあった。

ところが、上手くいかなかった。

それどころか、アメリカ企業はユーロ市場にどっと押し寄せて、そこで借り入れを増やした。

アメリカからの資本流出は続き、1965年にはジョンソン大統領が外国向けの融資に規制を導入した。

アメリカ議会は1965年1月に、『対外融資の自主規制プログラム』を成立させた。

このプログラムは、68年には強制的に適用されるようになった。

しかし、固定相場制(ブレトンウッズ体制)が崩壊すると、74年に廃止された。

その後、大企業は激しいロビー活動をし、政府は妥協した。

その結果、『繰り延べ税金』のシステムが導入された。

繰り延べ税金とは、「企業が海外に置いた資金は、本国に送還されない限り課税されない」というルールである。

企業は自社の利益をいつまでもオフショアに置くことができ、株主に配当するために自国に持ち帰ったときに初めて課税される。

繰り延べ税金は、多国籍企業の資本コストを大幅に低下させ(何年も利益を蓄積すれば莫大な額になる)、国内企業に対して大きな優位に立てる。

2009年に、「アメリカの企業だけで、1兆ドルの繰り延べ税金をオフショアに持っている」と指摘された。

時には特別な計らいによって、このオフショア・マネーを本国に持ち帰れる事がある。

2004年に息子ブッシュ政権は、「海外利益を本国に送還すれば、通常の35%ではなく、5%の税金を払うだけでいい」とのチャンスを与えた。

3600億ドルを超えるカネが猛スピードでアメリカに戻り、その多くは自社株の買い戻しに投じられて、経営陣のボーナスを押し上げた。

繰り延べ税金の導入により、突然にあらゆる大企業がオフショア口座を使い始めた。

オフショアの守秘性は、大企業の経営者たちに賄賂・インサイダー取引・詐欺の機会を提供した。

大企業たちは、オフショア地域で諜報機関やマフィアとますます緊密になった。

(2014.8.23.)


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