(『チョムスキー、世界を語る』から抜粋)
チョムスキー
1889年にニュージャージー州は、企業を縛っている義務を免除しました。
この時から、ありとあらゆる企業がニュージャージー州に移転しました。
川をへだてたニューヨーク州は、先行きを懸念して、自分の所でも規制を緩めました。
これが、いま世界中で起きている事です。
20世紀に入ると、アメリカの連邦最高裁は、法人に人間と同じ諸権利を保障しました。
このやり方は、新ヘーゲル主義の理論を源泉にしています。
この理論こそ、様々な全体主義体制の思想的な温床です。
(新ヘーゲル主義のギールケは、法人に実体性を認める『法人実在説』を提唱した。
この理論は、法人の本質は観念的存在にすぎないとする『法人擬人説』や、法人の実体は個人または財産だとする『法人否認説』を否定するものだった。)
その後、企業は徐々により大きな権利を獲得してきました。
1990年代の新しい通商協定は、企業の権利を大きく拡大したので、企業は今では「主権者である」と言ってもいいくらいです。
企業は、国を相手どって訴訟を起こすことすら出来ます。
質問者
具体的な例を挙げていただけますか?
チョムスキー
では、エチル・コーポレーション社の例を取り上げましょう。
この会社は、GM=デュポン系列とスタンダード・オイル・ニュージャージー社が、ガソリンへの添加物にする「テトラエチル鉛」を商品化するために、1922年に設立しました。
親会社は当初から、『テトラエチル鉛が有毒物で、労働者に死者まで出ていること』を知っていました。
しかし、その後50年間も売られて、数千人の人命を奪ったのです。
1972年に、アメリカ政府はついにこれを禁止しました。
その結果、すぐに子供たちの体内から鉛の低下が認められました。
エチル社は、その後に有鉛ガソリンをヨーロッパに持っていって売り、ヨーロッパでも禁止されると発展途上国で売ったのです。
エチル社は、新しい添加物を開発しましたが、そのうちの1つは発ガン性を疑われています。
昨年にカナダが禁止しようとしたところ、エチル社は告訴しました。
「自社に損害を与えている」と主張したのです。
結局カナダは、立法措置を放棄する道を選びました。
要するに、大きくて強い企業ならば、国にすら勝てるのです。
通商協定の多くは、秘密裏に交渉が行われます。
人々の反発を買う内容なのを、国も承知しているからです。
通商協定は、投資家と多国籍企業の権利を増大させています。
これは、国民主権と民主主義への攻撃です。
(2014.5.24.)