(『ノーム・チョムスキー』リトル・モア刊行から抜粋)
チョムスキー
私たちが忘れたがっているのは(無視しているのは)、『サダム・フセインが最悪の残虐行為をしていた1980年代に、アメリカとイギリスが彼を支援していたこと』です。
米英は、フセインが大量破壊兵器を開発するのを助け、クルド人に毒ガスを使用するのも目をつぶりました。
それよりだいぶ前の1958年には、中東情勢はアメリカにとって難しいものでした。
アイゼンハワー大統領は、内輪の討論でこう言っています。
「中東では、我々を憎むための運動が行われている。政府によってではなく、民衆によって。」
当時のアメリカNSCは、こう分析しています。
「中東地域の民衆は、『アメリカは残酷で、堕落した政権に支援して、民主化と開発を阻害している。アメリカがそうするのは、この地域の石油を支配するためだ。』と認識している。」
そしてNSCは、この見方を覆すのは難しいと見ていました。
その見方が的確だったからです。
アメリカの基本的な政策は、今でも変わっていません。
中東の人々がアメリカを憎むのは、他人のブーツに踏みつけられるのが嫌だからです。
質問者
息子ブッシュ大統領は、イラク・イラン・北朝鮮の3国を「悪の枢軸」と非難しましたね。
チョムスキー
「枢軸」という表現は、かつてのナチスなどをイメージさせる事を狙ったのでしょう。
(第二次世界大戦の時、日独伊の同盟3国は枢軸国と呼ばれた)
実際には、枢軸はまったく存在しません。
イラクとイランは、イ・イ戦争以来ずっと交戦状態にあります。
北朝鮮は、両国とは深い関係にありません。
おそらく北朝鮮は、はずみで仲間に加えられたのでしょう。
北朝鮮が悪の枢軸に加えられた理由の1つは、彼らがイスラム教徒ではないからです。
北朝鮮を加えることで、「イスラム教徒を標的にしている」という批判をかわす事ができます。
アメリカにとってイランは、かつては善でした。
アメリカとイギリスは、1953年にイランで軍事クーデターを起こし、イラン国王を再び政権の座に据えました。
その後の25年は、イランは善の存在でした。
イラン国王の人権無視の行いは、悪名高いものでしたが、彼はアメリカの利益のために尽くしました。
そのため当時の悪行は、アメリカの新聞は全くコメントしていません。
カーター大統領も、国王への賞賛を惜しみませんでした。
1979年にイランで革命が起きて、王制が打破されると(アメリカの言いなりにならなくなると)、イランは悪になりました。
質問者
ブッシュ政権は、サダム・フセインやタリバンを悪魔化することで、自由に戦争をしています。
チョムスキー
サダム・フセインについて、考えてみましょう。
ブッシュやブレアは、イラク戦争を始めるために、こう言っています。
「フセインは、歴史上で最悪のモンスターだ。
彼は自国民に対して、毒ガスを使った。
あんな人物は生かしておいてはならない。」
確かにフセインは、自国民(クルド人)に毒ガスを使用しました。
10万人ほどのクルド人を殺したのです。
ただし、『当時のフセインを支援していたのは、アメリカやイギリスでした』。
この事実を言う人はほとんど居ません。
だから彼らは、フセインを悪魔化できるのです。
1980年代のフセインは、アメリカに奉仕を行っていました。
(当時のイラクは、アメリカやイスラエルの代わりにイランと戦争をしていた)
だからこそイラクは、1988年にアメリカ海軍の駆逐艦を誤ってミサイル攻撃して37名の船員を殺した際にも、免責されたのです。
アメリカとイラクは、友達であり仲間でした。
そして1988年は、フセインの残虐行為が最もひどい時期でした。
(2015.7.14~16.)