(『エコノミック・ヒットマン』ジョン・パーキンス著から抜粋)
1977年になると、私の上司ブルーノ・ザンボッティは、経済成長予測をするための画期的なアイディアを考えついた。
それは、20世紀初頭のロシアの数学者マルコフの理論に基づいた、計量経済モデルだった。
このモデルは、経済成長予測に主観的な可能性を織り込むものだった。
「莫大な借金を抱えても、あり余る利益を得られるのだ」という主張の根拠として利用できる。
私は、MITの若手数学者ナディプラム・プラサドを自分の部署に招き、予算を与えた。
彼は、マルコフ理論を計量経済学モデルに発展させ、インフラ投資が経済発展にもたらす影響を予測する理論として、論文にまとめた。
それは、我々が求めているものだった。
絶対に返済できない金額を発展途上国が背負うのを、アメリカが手助けするのを正当化するための道具になるからだ。
私が勤めるメイン社は、コロンビアでも水力発電の建設プロジェクトに関わっていた。
アメリカは、コロンビアを「南米の要石」と考え、南米への入り口と見なしてきた。
ケネディ政権の時は、ラテンアメリカの国家モデルにもなった。
コロンビアはアメリカに不信を抱かなかったので、麻薬産業の中心地だったがアメリカの同盟国であり続けた。
だが、1948~57年には「ラ・ビオレンシア(暴力)」と呼ばれる内戦によって、20万人以上が亡くなっている。
私のコロンビアでの仕事は、それまでと同じく、楽観的な経済成長の絵を示し、コロンビアに借金をさせながら大規模なインフラ投資をさせて、借金づけにしていく事だった。
私は1977年に、ポーラという美しいコロンビア女性に出会った。
彼女のおかげで、私はエコノミック・ヒットマン(EHM)の仕事を辞める決心をするのだ。
ある日、ポーラは言った。
「あなた達がダムを建設している川の近くに住んでいる人々は、あなた達を憎んでいるわよ。
都会の人々だって、建設用キャンプに攻撃を仕掛けるゲリラに共感してる。
アメリカ政府は、彼らを共産主義者だのテロリストと非難してるけど、あの人達は自分たちの土地を守ろうとしているだけ。」
ポーラは新聞を手に取り、ゲリラの声明文を読みはじめた。
「我々は、額に汗して働く者であり、大切な川をダムでせき止める事は先祖の名誉にかけて許さない。
我々は一介の住民だが、先祖伝来の土地が水に沈められるのを見過ごすくらいなら死を選ぶ。
コロンビアの同胞たちに警告する、(アメリカの)建設会社の手先になって働くのをやめろ。」
私は、やっとのことで口を開いた。
「やらなくちゃならないんだ、大嫌いな仕事だけど。」
ポーラは言った。
「ゲリラの一部がロシアや中国で訓練された事は、私も知ってるわ。
でも、彼らはそうするしかないんじゃない?
アメリカの軍事学校で訓練されたコロンビア軍の兵士たちと戦うには、武器の知識が必要だから。
世界銀行は、彼らを助けず、むしろ窮地に追いつめてる。
ダムを造って電力の恩恵をうけるのは、金持ちのコロンビア人だけだし、(その後に資源の採掘が行われれば)水が汚染されて何千人もの人間が死ぬわ。」
「どうしてそんなにゲリラの事を知ってるんだ?」、私は尋ねた。
「学校で一緒だった人もいるし、兄も活動に身を投じたの。
兄は最近になって、政府の手配者リストに載ったわ。」
「兄さんはどうしてゲリラになったんだい?」
「ある時、石油会社のオフィスの外でデモをやったの。
たしかオクシデンタル石油だったわ、石油採掘のためのボーリングに抗議したの。
そして軍隊に襲われて、刑務所に入れられた。
法律違反はしていないのに。
6ヵ月近くも刑務所に入れられ、家に戻ってきた時には別人になってた。」
アメリカ企業で働く人々が邪悪な事柄に手を染めているのを、私はこの目で見てきた。
彼らの多くは無知で、貧乏人を使い捨てにしているのではなく、貧困から這い上がるのを助けていると思い込んでいた。
私は、このままメイン社で働き続けるべきか、真剣に悩むようになった。
私にEHMの訓練をほどこしたクローディンは、「いったん入ったら絶対に抜けられない世界だ」と警告していた。
だが、ポーラは私を冷笑した。
「その女に何が分かるの? 人生は変化するものよ。
会社を辞めたからって、どうだっていうの?
今のままじゃ、あなたは幸せじゃない。」
終いには、私も納得した。
(2015年6月29日&7月4日に作成)