(『ニュースを読む技術』池上彰著から抜粋)
ロシアと中国は、ドルに代わる新しい国際通貨の創設に向けて動き出している。
これまでは「ドルは安全だ」と思われてきたが、2008年の金融危機を経て、ドル保有のリスクが認識されるようになった。
中国の温家宝・首相は、2009年3月に「ドルには少し懸念がある」と明言した。
中国などが心配しているのは、次の事だ。
アメリカ政府は、ドル札を印刷することで、借金の返済に充てている。
しかしドルが乱発されると、ドルの価値が下がり、アメリカ国債が満期になった時に戻ってくるドルの価値も下がってしまう。
(※中国や日本は、大量のアメリカ国債を保有している)
中国やロシアは、自国の外貨準備をアメリカ国債で運用する事を、避け始めている。
今、脚光を浴びているのが、IMFの『SDR(特別な引き出し権)』である。
これは、IMFが1969年に創設した制度で、「加盟国が通貨危機に陥った際には、IMFからSDRを引き出して、自国の外貨準備として使える」という内容だ。
SDRの価値は、主な通貨のバスケット(加重平均)で決められる。
現在の内訳は、ドルが44%、ユーロが34%、円が11%、ポンドが11%である。
「4つの通貨が基準になっているのだから、これを国際通貨にすればいい」というのが、ロシアや中国の主張である。
SDRは、「引き出し権」という抽象的なものだ。
だが、この債券を発行する要望が高まり、IMFは2009年7月に初めて債券の発行を決めた。
これまでIMFは、各国からの出資や融資に頼ってきた。
これをやめて、自ら資金調達するために、SDR債券を発行しようというのだ。
こうして集めた資金で、経済危機になった国の支援をする事になった。
SDRの債券は、満期が最長で5年で、持っていれば金利が付く。
民間企業は、持つ事が禁止されている。
ロシアは2009年5月に、「SDR債券を買って、旧ソ連圏の国々に対する支援に使う」と発表した。
SDRを流通させようとしている。
中国の外貨準備高は、2.5兆ドルにも上っている。
その大半は、アメリカ国債だ。
中国の人民銀行は、09年3月の論文で、「今回の金融危機は、ドルというアメリカの通貨が国際通貨となっていて、アメリカが自国の利益を優先させたために起こった」と指摘した。
SDRの誕生により、ドルの信用は揺らいできている。
最近の円高の背景には、こんな理由もあるのだ。
国家の枠を超えた国際通貨の構想は、昔からあった。
有名なのは、イギリスの学者ケインズの提案である。
1944年のブレトンウッズ会議で、イギリス代表として参加したケインズは、「バンコール」という新たな国際通貨の発行を主張した。
しかし、アメリカ代表のホワイトは「ドルを基軸通貨にすればいい」と主張した。
結局は、アメリカ案に沿って『ブレトンウッズ体制』ができた。
日本は、外貨準備高の多くを、アメリカ国債で持っている。
SDR債券に乗り換えれば、アメリカはいい顔をしない。
しかし、アメリカ国債で持ち続ければ、アメリカ国債の価値は下がる可能性が大なので、損をする危険がある。
(2013.8.7.)