(毎日新聞2012.12.2.から抜粋)
1948年に、『GATT(関税貿易の一般協定)』が発足した。
GATTのルールを決めるのは、「ラウンド」と呼ばれる交渉である。
1986~94年の「ウルグアイ・ラウンド」では、日本はコメ市場の開放を求められた。
そして、コメの関税を維持する代償として、毎年77万トンのコメを輸入する事が義務づけられた。
これが、「ミニマム・アクセス」と呼ばれる輸入米である。
GATTは、冷戦が終結すると発展的に解消されて、1995年に『WTO(世界貿易機関)』にモデルチェンジした。
WTOは、加盟国の増加により、ルールの策定が難しくなっている。
2001年に始まった「ドーハ・ラウンド」は、凍結状態にある。
こうした中で、各国はFTAやEPAを加速させている。
(2013年8月14日に作成)