前回に続いて、『グレート・リセット』という世界経済フォーラムのトップにいるクラウス・シュワブの書いた本の抜粋です。
第二回目になります。
なお『グレート・リセット』は、2020年6月に書かれたものです。
今回も、最後に私の感想を述べます。
〇『グレート・リセット』クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著から抜粋
全世界の指導者は、地球全体とそこに住む全ての人々の幸福に重きを置く必要がある。
冨の不平等を体系的に追跡するべきだ。
地球環境の健全な持続性も重視するべきだ。
GDP(国内総生産)が増えても、国民の生活や福祉が向上するとは限らない。
GDPが伸びた国も、冨の分配に偏りがあり、一握りが大金持ちになっている。
環境に優しい経済にするために、寿命の長い修理可能な製品の開発や、中古品の売買が、急速に増えている。
コロナ・パンデミックの危機に対応するため、各国の中央銀行は緊急の利下げや量的緩和を打ち出した。
そして破産寸前の世帯や企業へ緊急援助をした。
こうした対策は、巨額の財政赤字につながる。
金融当局と財政当局はこれまでは独立して機能してきたが、今や中央銀行は政府に従属する組織となった。
この状態は、パンデミックの終了後も残るかもしれない。
懸念されるのは、ハイパー・インフレが起きることだ。
政治家が政府の財源を、国債の発行で調達するのではなく、中央銀行に紙幣を刷らせて賄おうとする考えがある。
その「現代貨幣理論(MMT)」を簡単に説明すると、政府が発行する国債を中央銀行が買い入れる。
中央銀行がこの国債を売り戻さなければ、これは財政赤字を中央銀行が埋めることになる。
国民がこの「カネのなる木」に気付けば、もっと多くのカネを木に実らせるように要求するだろう。
そしてインフレに行き着く。
ハイパー・インフレを懸念する者(国際的な金融家など)の脳裏には、第一次世界大戦後のドイツで1923年に起きたハイパー・インフレが戦争債務を帳消しにした事や、イギリスが第二次世界大戦でつくった巨額の債務を緩やかなインフレで減らした事が焼き付いている。
とはいえ、ポスト・コロナの時代には、失業が広がり、将来不安もあるので、インフレは一時的だろう。
高所得国(先進国)は、日本が経験したデフレと超低金利に直面するかもしれない。
しかし日本は、生産年齢人口の1人当たりの実質GDPは先進7ヵ国で最も伸び率が高い。
人口減少が必ずしも経済力の低下にはならない。
アメリカは長いこと、世界の準備通貨を発行する国として、「法外な特権」を持ってきた。
アメリカは「錬金術の経済」という特異さを堅持してきた。
この特権があるから、法外な低コストで資金を借り入れ、国内では低金利を享受できる。
アメリカ人が収入以上の消費ができたのも、このためだ。
そして、アメリカ政府の巨額の財政赤字も可能にしてきた。
コロナ・パンデミックは、アメリカ・ドル(上記の法外な特権)の終焉になるかもしれない。
アメリカの財政状況は悪化し続けている。
しかしドルに代わる準備通貨はあるだろうか?
中国の人民元は選択肢の1つだが、中国の厳しい資本規制を廃止し、人民元の相場が市場で決定されるまでは無理だ。
なお、中国では2020年4月末にデジタル人民元の試験的な運用が4都市で始まった。
これは注目に値する。
コロナ・パンデミックへの対応では、シンガポール、韓国、デンマークの政府の対応が高い評価を受けた。
他方で、イタリア、スペイン、アメリカ、イギリスなどは、感染者数と死者数が多く、対応できていない。
うまく対応できた国は、政府がパンデミックに備えていた、迅速な意思決定をした、政府を国民が信頼している、個人よりも公益を重んじている、という特徴がある。
パンデミック後には、富裕層から貧困層へ、資本家から労働者への、大規模な冨の再配分が生じる。
そして新自由主義は終焉を迎えるだろう。
新自由主義は、連帯よりも競争、社会福祉よりも経済成長を重んじるが、すでにコロナ流行の前から多くの人が非難するようになっていた。
コロナ流行は、新自由主義にとどめの一撃を与えた。
新自由主義を熱烈に信奉してきたアメリカとイギリスで、パンデミックの死者数が最も多いのは偶然ではない。
大規模な冨の再配分と新自由主義の終焉により、社会に決定的な影響が生じるだろう。
パンデミックは、不平等をより深刻にした。
社会は二分され、上流や中流階級は自宅でテレワークをしたが、労働者階級(下流階級)は外出を控えることが許されずに、経済を動かすために第一線で働き続けた。
病院の清掃や、レジ打ち、生活必需品を配送する仕事などは、コロナ発生後もそのままであった。
アメリカの場合、金融業や保険業は従業員の75%以上がテレワークできるが、食品業界の従業員のテレワークは3%にすぎない。
アメリカのコロナ死者は、アフリカ系の人や低所得層で突出している。
アフリカ系の人は、失業率が高く、住居や生活環境も悪い。
結果として、アフリカ系は持病を抱えていることが多い。
彼らは持病を抱えていて免疫力が低下しやすいので、コロナに感染しやすく、重症化しやすい。
パンデミックが明らかにしたのは、人々の生活に不可欠な仕事が、それに見合う報酬をもらっていない事である。
看護師、清掃業者、配達員といった人々は、最も賃金の低い職種である。
この層の人々は、仕事を失うリスクも高く、イギリスでは介護士の60%近くが「ゼロ時間契約」で働いていて、決まった労働時間が保障されていない。
配送ドライバーも、賃金は配達件数で決まり、病気手当も有給休暇もない。
パンデミックを経て、社会の風向きが一変する可能性がある。
露骨な不公平に対し、人々の怒りが臨界点に達するかもしれない。
空売り専門のヘッジファンド・マネージャーが数百万ドルの年収を得るのに、看護師が低い年収の現状を、今後も社会は容認できるだろうか。
配送ドライバーも、賃金は配達件数で決まり、病気手当も有給休暇もない。
コロナ・パンデミックの前から、世界中で100を超える反政府の抗議活動が行われていた。
フランスの黄色いベスト運動や、ボリビア、イラン、スーダンなどの反独裁のデモなどである。
こうした活動は、容赦ない取り締まりで弾圧され、パンデミックのために今は冬眠しているが、パンデミックが終わったら勢いを増すことは想像に難くない。
アメリカでジョージ・フロイドの死(黒人のジョージ・フロイドが警官に虐殺された事件)をきっかけに、2020年5月に始まった「ブラック・ライヴズ・マターの運動」は、不平等に対する人々の怒りが爆発したものと言える。
2020年6月末の時点で、アメリカの黒人のコロナ死亡率は、白人の2.4倍である。
人種差別への抗議が、経済の公平性を求める要求につながっている。
パンデミックにより、多くの国で失業率が20~30%を超え、経済はマイナス成長になっている。
歴史の教訓の1つは、重大な危機は国家権力を拡大させることだ。
今回のコロナ危機でも、増税は不可避だろう。
フランスでは、1914年には所得税はゼロだったが、第一次世界大戦の終結の翌年に50%に引き上げられた。
第二次世界大戦の間に、アメリカでは所得税を払う者が700万人から4200万人まで増えた。
1944~45年には20万ドル(現在の240万ドルに相当する)を超える所得には94%の税率がかけられた。
その後の20年間、それは80%を下回ることはなかった。
第二次大戦中のイギリスでは、所得税の最高税率は99%に引き上げられた。
その後の冷戦時代も、西側諸国の政府は共産主義者の反乱を懸念して(共産主義が拡大するのを懸念して)、先んじて国家主導型のモデルを実行し、経済の大部分を官僚が管理するのは1970年代の半ばまで続いた。
(※皮肉なことに、社会主義・共産主義を取り入れた戦後から1970年代の欧米や日本は、経済が好調で人々の所得や生活が大きく向上し、今では「経済の黄金時代」とも呼ばれている。
これは資本主義より共産主義のほうが優れているからというよりも、両者の良さをブレンドした経済政策を採ったからだと、私は考えています。)
このところ数十年は、市場原理に基づいた経済だったが、コロナ流行で一夜にして官(政府)が優位になった。
政府の役割は強まっているが、社会のセーフティー・ネットを強化する必要がある。
パンデミックの衝撃を和らげるため、失業給付を拡大し、病気などへの福祉政策を導入する必要がある。
多くの国では、労働組合を関与させることで、これが円滑に進むだろう。
これからは株主の要求は二義的なものになり、ステークホルダー資本主義が優位になる。
(※ステークホルダー資本主義とは、近年の株主の要求にばかり応える企業の在り方を変えて、顧客や従業員や地域社会の要求にも応えるものにすることです。
企業が、顧客や従業員、会社や工場のある地域社会に心を配るなんて、当たり前のことなんですが、その当たり前が行われてきませんでした。)
アメリカとイギリスの政府は、金融に執着しすぎた政策を、大幅に見直さなければならなくなる。
一部の国では企業の国有化が進み、国産品の重視が進む。
企業は環境破壊について責任を問われるようになる。
政府は増税するが、特に富裕層がその対象となる。
現在は、住宅、医療、教育の価格が急上昇している。
このため病気の治療で借金をせざるを得ない家庭もある。
多くの人が社会が瓦解していると憤り、政府機関やリーダーに不信感を表している。
その結果、選挙で過激な政党が勝った国もある。
解決策は次の2つだ。
①より広範に、社会扶助、社会保険、医療などのサービスを提供すること
②労働者や弱い立場の人々(独立した委託業者やフリーランスで働く人々)を、より手厚く保護すること
コロナ・パンデミックに最も包括的に対応したのは、スカンジナビア諸国など手厚い福祉を備えた国だった。
例えばノルウェーは、自営業者の収入の80%を政府が保証し、デンマークも75%を保証した。
経済学者の間では、有給の病気休暇がないことが、コロナ拡大の封じ込めを困難にしていると見ている。
有給で病気休暇を与えられないと、たとえ感染していても出勤して、感染を拡大させてしまう。
このため2020年3月にアメリカのトランプ大統領は、育児プログラムを利用する者に限って、2週間の有給病気休暇と家族休暇を与えるよう、雇用主に求める法案に署名した。
欧州では有給病気休暇の付与が義務付けられており、日本も毎年20日を上限に有給休暇が保証されている。
パンデミックの最中で就職する若者たちは、大きな打撃を受けている。
多くの学生は教育ローンを組んでいるが、その重い負担を背負っている。
若者たちは収入も資産も乏しく、子供をつくる可能性も低いと思われる。
現状に失望している彼らは、急進的な改革を求めており、デモや政治運動をする者もいる。
彼らが取り上げる問題は、気候変動、経済改革、男女平等など多様化している。
若い世代は、グレート・リセットの原動力となるだろう。
コロナ流行で、各国は分断され、指導者たちは自国内の対応に追われている。
現在は欧米からアジアへのパワーの移行が進んでいて、その過程でストレスと無秩序が生まれている。
アメリカが国際舞台から徐々に撤退すれば、世界は不安定になり、アメリカに頼ってきた国は自立しなければならない。
21世紀は覇権国のいない時代になりそうで、アメリカの持ってきたパワーと影響力は再配分されるだろう。
この新世界では、対立や緊張はイデオロギーではなく、ナショナリズムや資源獲得競争で起こされる。
国々がうまく協力しなければ、世界はより無秩序になるだろう。
〇村本尚立のコメント
上で述べられている事は、違和感のない内容で、政治学者などが述べている事と変わりありません。
どこかで聴いた事のある話が多くて、目新しさはないです。
その内容は、弱者を救い社会を公平なものにしようとする学者や論者の考えにとても近く、世界経済フォーラムという大企業もたくさん集まる団体のトップの著書にしては、意外とも言えます。
私は色々と勉強してきて思うのですが、権力者とか大金持ちというのは、革命とか無秩序をとにかく嫌って恐れます。
革命や内乱になると、金持ちが全財産を没収されたり、権力を握っていた者が逮捕されて処刑されるなんて事もあります。
世界経済フォーラムに参加する者たちは、大きな既得権益を持つ者たちなので、革命や無秩序を恐れるわけです。
クラウス・シュワブが、弱者や困窮者たちに注目してその支援を訴えるのは、その深層心理に「革命みたいな事は絶対に避けなければならない、そのためには社会を安定させる政策が必要だ」との考えがあると、私は見ています。
とても重要なことは、クラウス・シュワブが上で述べた社会問題や、その解決策は、『社会を良くするために地道に活動する人たちが最初に言い出したことであり、その活動が影響力を持つようになったから、世界経済フォーラムでも論じるようになった』事です。
クラウス・シュワブらは、後追いをしているに過ぎません。
偉大なのは、ずっと前から支援活動やデモをしてきた方々です。
「デモなどの社会運動は世の中を変えられない」という人がかなり居ますが、そんな事はありません。