(『ダブルクロス アメリカを葬った男』チャック・ジアンカーナ著から抜粋)
1956年までにムーニー(サム・ジアンカーナ)は、シカゴで「ザ・マン」と言えば通じる存在になっていた。
ムーニーの下で、シカゴ・シンジケートはケンタッキー州やアイオワ州に進出していったが、その結果コミッションからも一目置かれるようになった。
1956年5月にジョー・ケネディがムーニーを頼ろうとしたのも、その力が目当てだった。
連絡があって3日後にシカゴのホテルで、ムーニーとケネディのじじいは会った。
ジョー・ケネディは、フランク・コステロなどのニューヨーク・シンジケートと密接な関係にあったが、シカゴとも繋がりがあった。
この抜け目ないアイルランド人の酒密造人は、ムーニーと25年以上も前から知り合いだった。
ケネディは禁酒法時代に密造酒で富を築いたが、1920年代のハリウッドでも大儲けしていた。
ハリウッドでの活動は、ニューヨークやシカゴのギャングが後援していた。
禁酒法が廃止になる時、ケネディは自分のサマーセット・インポーツ社を通じて、アメリカで最も利益の大きい3つの酒の販売代理権、ゴードンズ・ジン、デュアーズ、ヘイグ&ヘイグを押さえた。
さらにムーニーによると、ジョー・ケネディはウィリアム・クラーポ・デュラン(GMの創業者)やデヴィッド・ロックフェラーなどと共に、1929年の株式市場の大暴落を事前に知っていたという。
「実をいうと、あの連中が暴落を起こさせたんだ。
それでケネディは暴落直前に売り抜けて、100万ドル以上も手に入れやがった。
奴らが操作してたんだ。」
1930年代になると、ジョー・ケネディは証券取引委員会の委員長だったフランクリン・ルーズベルトの選挙資金を集めるのに協力し、(ルーズベルトが大統領になると)1938年にイギリス大使にしてもらった。
そして50年代になろうとする頃、サマーセット・インポーツ社とハイアーリアの競馬場での利権を売って、昔からの仲間と距離をとり始めた。
ジョー・ケネディは前に1度、ムーニーに会いに来た事があった。
それは息子ジャック(ジョン・F・ケネディ)の抱えていた問題の相談で、ジャックの結婚を解消し、しかもその事実を法的記録から消し去りたいと望んだのだ。
それができれば、ジャックの記録はきれいになり、政治的計画をこなしていくのに有利になるわけだ。
ムーニーはジョニー・ロゼリに命じて、ケネディのための法手続きをやらせた。
それで問題は解決だった。
最近になって、フランク・コステロ(ニューヨーク・マフィアのボスの1人)とジョー・ケネディの仲が険悪化していた。
ケネディはコステロに支援された過去があったのに、恩を返すのを嫌うようになり、コステロの要求を無視したのだ。
そこでコステロは殺し屋を雇った。
ケネディと会ったムーニーは、気が乗らないという風に装った。
じっくり構えて相手に冷や汗をかかせる作戦だ。
「あんたの助けが必要だ」とケネディが言った。
「俺の助け?」
ムーニーは空とぼけて見せた。「何だってまた俺なんかの?」
「サム(ムーニーの本名)、あんたはコステロと親しい。
実は、ある財産をめぐってコステロとの間に誤解がある。
奴は、私をある財産の表看板にしたがっているんだが…。」
ムーニーがさえぎった。「どうして引き受けてやらない?」
ケネディは不機嫌そうに言い返した。
「いいか、息子の政治歴に絡むから、私は微妙な立場にいるんだ。
わかるか?」
「あんたはコステロに借りがあるんだろう?
お前さんはコステロと組んで儲けたよな?」
ケネディは皮肉な口調で反論した。
「なあサム、私は最初から(酒の密造を)やっていた。
連中が便乗してきたんだよ。」
「ああ、そして俺はあんたが誰に便乗したかも知ってる」
ムーニーは、ケネディのあまりの図々しさに吹き出した。
ケネディは話を続けた。
「奴が諦めてくれればと思って、まだ話し合ってない。」
「諦めてくれれば? 奴を無視したのか? それは侮辱だぜ、ジョー」
ムーニーは立ち上がり、相手を見下ろして怒鳴った。
「いったい何を考えてるんだ? コステロがどう出ると思う?」
「もう分かっている。奴は殺し屋を雇った。
サム、あんたがニューヨークの外では実力者だ。
コステロを止められるのは、あんだだけだ。
奴は全然わかっちゃいない。」
「何の話だ?」
「息子のジャックは、政治の道を駆け上がっている。
いま危険にさらすわけにいかん。」
「あんたの息子が有名になっているのは気付いていた」
ムーニーは相手に背を向け、窓の外に目をやった。
ケネディは立ち上がり、ムーニーの横に並んで言った。
「これからも名を上げるだろう。
スキャンダルで足をすくわれたりしない限りは。」
「それで、俺に何をしてほしいんだ?」
「コステロと話して、殺しの依頼を取り消させてくれ。
私が生きていれば、息子をホワイトハウスに送るのに手を貸せる。
我々がずっと待ち望んでいたのは、『内側の人間』がホワイトハウスに入ることだったじゃないか。」
「手を貸す見返りに、あんたが俺に約束できる事があるのか?」
「あるとも。約束する。
いま私を助けてくれたら、あんたが望めば大統領の執務室に入れるように取り計らってあげよう。
ただし時間をもらわないと。」
「あんたの口からはっきり言ってほしい。
あんたの息子が選出される日は──」
ケネディが引き取って言った。
「サム・ジアンカーナが選出される日でもある。
息子は、父の命を救ったあんたを拒むことはない。」
その日の午後、ムーニーはチャックにこの話を詳しく聞かせた。
その夜、ムーニーはニューヨークに電話を入れ、ジョー・ケネディを殺せという指令は取り消された。
(2018年10月29日に作成)