恋敵を殺してアンジェと結婚する、ムーニーの結婚観

(『ダブルクロス アメリカを葬った男』チャック・ジアンカーナ著から抜粋)

シカゴのパッチ地区(イタリア移民の住む貧民街区)には、アンジェリーヌ・デトルヴという女の子がいた。

ムーニーは刑務所に入る前から、結婚相手として目をつけていた。

だがアンジェの父は、「ムーニーは人間の屑だ。あんな男に娘はやらんぞ」と日頃から言っていた。

ムーニーが服役中に、アンジェはサルヴァトーレという男と婚約した。

サルヴァトーレは宝石泥棒をしており、シンジケートを介して盗品をさばいていた。

ムーニーは刑務所にいながら、こうした行動を把握していた。

ムーニーは1932年のクリスマスイブに出所したが、彼はダイヤモンド・ジョー・エスポズィートの真似をすると決めていた。

エスポズィートはすでに婚約していた女を手に入れるため、手下を使って婚約相手を始末し、それから結婚したのだ。

大みそかの夜、サルヴァトーレは暗殺された。

ムーニーは1933年3月まで待って、デトルヴ家を訪問した。

彼はアンジェがお世辞に弱いのを見抜いており、彼女が喜ぶことを言いまくった。

さらに毎日のように花やアクセサリーをプレゼントした。

やがて両親はしぶしぶながら2人の結婚に同意した。

だがムーニーには、マリー・ファネリという愛人がいた。

彼は、マリーを性欲発散の手段としか見ておらず、マリーの都合が悪い時は売春婦を物色した。

ムーニーには、彼一流の割り切りの哲学があった。

弟のチャックに次のように言っている。

「結婚の相手は、処女でなければだめだ。
お前の子供の母親になる女だからな。

ちゃんとしていて、晴れがましい場所へ連れて行っても恥ずかしくない女でないと困る。

容貌がパッとしなくたって、ミンクやダイヤで飾ってやればけっこう綺麗に見えるもんだ。
金さえかければ、どんな女でも立派になる。

それから、セックスの好きな女を女房にするのはまずいぞ。
男は何人の女とやってもいいんだからな。」

さらにムーニーは、「フィアンセの清らかな頬っぺたにうやうやしくキスして別れると、その足ですぐにマリーに会って車の中でやりまくるんだ」とも言っていた。

1933年9月23日に、ムーニーとアンジェリーヌは結婚式を挙げた。

ムーニーはマリーとの関係を続けたが、「万一不倫がばれても、妻が簡単に別れられないようにしてあるんだ」と、仲間に自慢していた。

つまり、物質的な快楽を妻に与えているというのだ。

それにアンジェが熱烈なカトリック信者で、離婚しにくい事も計算に入っていた。

しかしアンジェは、夫がマリーと付き合い売春宿へも行っている事を知り、深く傷ついていた。

ある日、アンジェが電話で友達に話しているのを、チャックは聞いたことがある。

「亭主の稼いだお金は全部、私が使ってやるのよ。
残したらあの女のために使われるだけだもの。」

(2018年10月1日に作成)


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