金をちょろまかした仲間を殺す

(『ダブルクロス アメリカを葬った男』チャック・ジアンカーナ著から抜粋)

禁酒法の廃止後も、シンジケートは酒の密造を続けていた。

その酒は、鑑札を許可された業者に卸していた。

田舎で密造した蒸留酒を、高級品や輸入品と偽って売り、大儲けをしていた。

ジョー・ケネディの極上品とうたわれたスコッチの大半は、実は詰め替えた蒸留酒だった。

ポール・リッカは、配下のムーニーに、「業者は安酒を求めている。もっと必要だ。」と指示した。

ムーニーは1937年初夏に、密造の適地を物色するため手下を送り出した。

見つけ出した土地は、イリノイ州ガーデン・プレーリー。
そこに手下を送り、38年1月には各地に酒を提供できるようになった。

その頃チャックは、たいていはムーニーの傍らで過ごすようになった。

ムーニーは数時間の会合を終えると、羽を伸ばしに高級娼婦宿に立ち寄るが、チャックにこう言った。

「阿呆どもは、ここの女を買うために百ドルは使う。
だがジアンカーナ家の者は特別だ。
どれでも気に入った奴をただでOKだ。」

チャックは、ムーニーの巡回に付いていくことで、シカゴ・シンジケートのボスたちとも顔馴染みになった。

ジェイク・グーズィクはユダヤ人で、札束を数えるスピードと上手さから「脂ぎった親指(グリーシィ・サム)」のニックネームだった。

ムーニーは、上司のグーズィクについて、「リッカらと並んでシンジケートを支える存在だ」と言った。

グーズィクは優しい物腰をしていて、話好きだし、ムーニーらとは違った。

ベラ・ナポリで彼と同じテーブルにいると、給与窓口にいるような陽気な気分がした。

そこには終日、サツや政治家や判事が出入りし、グーズィクは食事しながら彼らに現ナマでふくらんだ封筒を渡していた。

1938年10月のある夜、チャックはムーニーと車に乗り込んだ時、娼婦宿かベラ・ナポリに立ち寄るのを楽しみにしていた。

だがニードルズ・ジアノーラが車に乗り込んできた時、チャックの夢は泡と消えた。

「野郎を何とかしなくちゃ」ニードルズが言った。

「わかってる。で、どうしたいんだ?」ムーニーが訊いた。

「あんな下衆野郎は消しちまおう。汚ねえ裏切り者だ。」

途中でファット・レナードを拾い、一行は玉突き場に乗りつけた。

「ニードルズ、あいつを連れ出せ」ムーニーが命じた。

ニードルズは店に入り、スーツを着た丸ポチャの小柄なイタリア人を連れてきた。

その小柄な男を後部シートに押し込み、車が走り出したが、誰も一言も口をきかない。

「それで、どうなんだマイク? 商売はうまくいってるか?」ムーニーがようやく口を開いた。

「順調だよ、上々だ」マイクは慌てて答えて、次の言葉を付け足した。
「どうしてこんな真似をする? 俺は何もやっちゃいねえ。いつだって直ぐ払っているだろ?」

「本当か、信じていいんだな?」ニードルズがせせら笑った。

「信じてくれよ。なあ、ベラ・ナポリに一杯飲りに行かねえか。
俺のおごりだ、どうだ?」

「話を逸らすな、マイク。今は『信頼』の話をしてるんだ。仲間うちの信頼だ。」
ムーニーは静かに言った。

そして続けて言った。
「噂じゃ、えらく稼いでいるらしいな。決めた通りに払ってるか?
たまにかすめる奴もいる。ルーズベルト通りのアパートのあのスケ、面倒みるには金が要りゃしねえか?」

「違う! ちょろまかしたりしねえ。神に誓って。」

「マイク、しょうがねえ奴だな。俺がそんな阿呆に見えるか?
お前のスーツやピカピカの新車が目に入らんと?
あのスケに買った毛皮が耳に入らんと思うか?」
ムーニーは落ち着いていたが、口調には威嚇する響きがあった。

「俺は…俺は…」

「よく聞こえん。なあ、お互いザックバランにやろうぜ。
だが正直にだ。わかるな?」

ニードルズも「ムーニーは本当のことが知りたいだけだ」と言った。

「わかった。少しかすめたが、ほんの僅かだ。
誤魔化そうなんて気はなかった。友達だもんな、そうだよな?」
マイクは1人で頷き、同意を求めるように車内を見廻した。

「そうともマイク、ここにいるのは皆仲間だ」ムーニーは薄笑いして言った。

「俺たちは兄弟同然に育った。家族のことも昔から知ってるよな。
手っ取り早くおしまいにしよう、いくら欲しい?」
マイクは上着のポケットをまさぐった。

ムーニーは、ファット・レナードに例の視線(殺しの指示をする視線)を送った。

チャックはそれに気付いたが、レナードはわずかに頷いた。

「いくらごまかしやがった?」ムーニーが問い詰めた。

「400ドルでどうだ? OKか? いや500ドルだ」マイクが話す。

「500だと、俺をコケにするのもいい加減にしろ!」運転しているムーニーが、両手を思い切りハンドルに叩きつけた。

マイクは声をあげて泣き出した。
「今はそれしかねえんだ。言う通りに金を作る、約束だ」

ムーニーが車を脇に寄せた。
「出るんだチャック、家に帰れ。ほら、これで何か食え。」
そう言ってチャックに20ドル札を握らせた。

チャックは道路端で、車が走り去るのを見送った。

マイクはどこかへ連れ去られ、殺されるのだろう。

チャックは現場を目撃せずにすんだ事を神に感謝した。

数日後、チャック勇を鼓して、マイクの件をムーニーに聞いてみた。

「どんな商売か分かってるな」
食後の水割りを飲みながらムーニーは答えた。

「ろくでなしにむざむざ盗ませるわけにいかん。
一人に許せば、たちまち全てバラバラだ。

バカげた事を聞くな。知りたくもない話を聞くはめになる。」

チャックは2度と尋ねなかった。

(2018年10月6日に作成)


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