(『ダブルクロス アメリカを葬った男』チャック・ジアンカーナ著から抜粋)
1948年1月に、ムーニーは新しい仕事をチャックに持ちかけた。
「キューバに行ってみねえか?
少しばかり稼ぎ、ラテン美人を抱いてみちゃどうだ?」
「そいつは面白そうだ、何をしろと?」
ムーニーはデスクの引き出しを開けて小型封筒を取り出し、チャックの方に押しやった。
「これをハバナのナショナル・ホテルに持っていき、メイヤーさんに渡してほしい。」
「お安い御用だ」チャックは笑って封筒を拾い上げた。
「50万ドル入っている」そう言ってムーニーは紙幣を1枚とり、かざしてみせた。
チャックは、こんなドル札を見たのは初めてで、目を細めて確かめた。
「これは5万ドル札だ」驚くチャックを見て、ムーニーが笑いだした。
「フロリダまで車で行き、ハバナにはマイアミから飛行機で飛べ。
誰かを連れて行ったらどうだ? 楽しんでくるんだな。」
1948年1月18日に、チャックと友人のサム・マルセロは(キューバの首都)ハバナに到着した。
「抜けるような青空に叫び出したくなるほどだ」と、帰国後にチャックは友人に言ったものだ。
キューバが好きになりそうだった。
だがタクシーに乗ると、たちまち考えは変わった。
街の貧困はアメリカと較べ物にならないほどで、乞食が列をなして手を突き出してくる。
さらに子供たちがタクシーに押し寄せ、「旦那、一発やってけよ。俺の姉ちゃん可愛いぜ」と叫んでいる。
チャックは、どれほど危険な任務か悟った。
この極貧の地では、外国人の旅行者が姿を消しても何の不思議もない。
50万ドルの大金を持つ旅行者なら、なおのことだ。
ナショナル・ホテルに着くと、チャックはタクシーのドアを蹴り開けて、急ぎ足でフロントに向かった。
ムーニーに指示された通り、メイヤー氏に面会を求めると、ややあって痩せぎすのユダヤ人が現れた。
「メイヤー氏に?」男が訊き、封筒に目をとめると笑顔を見せた。
チャックが封筒を渡すと、「ムーニーによろしく言ってくれ」と言って人混みに姿を消した。
チャックはネクタイを緩め、安堵の息をもらした。
その夜、チャックとサムは街にくり出したが、貧困を目の前にしてチャックは楽しめなかった。
街にはブリキの掘立小屋が延々と列を作っていた。
シンジケートの大金がキューバに注ぎ込まれているが、それは貧困を助長しているだけではないのか。
(※アメリカのマフィアは、アメリカの植民地状態のキューバに進出して、大カジノ場を造っていた)
チャックは、キューバの人々がシンジケートの金に屈しないことを信じたかった。
後日チャックは、「キューバ人は責められない」とムーニーにも率直に言った。
(2018年10月16日に作成)