チャックはモーテルの経営を任される、ムーニーは麻薬取引に進出する

(『ダブルクロス アメリカを葬った男』チャック・ジアンカーナ著から抜粋)

1953年9月になって、ようやくムーニーからチャックに仕事の話がきた。

「なあおい、お前にやらせたい仕事がある。

ローズモントに、ウィリー・ポテトズが淫売どもを飼ってる店があるだろうが。
あのモーテルを、合法的な商売に変えるんだ。

ウィリーの奴には、タンパとニューオーリンズで仕事ができた。

お前は以前、ブギー・ウギーをバリッとした店に仕立てたじゃないか。
今度の店も普通のモーテルに仕上げるんだ。

それから、マネージャーを雇って雑用は任せてしまえ。
やってほしい仕事が他にもあるから、時間を空けておくんだ。

モーテルの給料は週に200ドル、年末にボーナスを5千ドル出す。
それでいいか?」

「すごいぜムーニー、豪勢だ。」

「別の仕事は、物を届けたり受け取ったりをしてもらう。
毎週3日の旅だ。」

「どこへ?」

「タンパ、ニューオーリンズ、ラスベガスを回って、シカゴの俺の所へ戻る。

飛行機で飛びまわるだけのことだ。」

後になってチャックは、ウィリー・ポテトズがニューヨーク・シンジケートと麻薬の扱いで交渉していると知った。

チャック・ニコレッティが教えてくれた。

「中央アメリカやアジアからのドラッグ密輸を、サントス・トラフィカンテやカルロス・マルセロがまとめあげた。

ドラッグのほとんどはニューヨークのフランク・コステロやカルロ・ガンビーノの手に渡るが、シカゴも関わってるんだ。

奴らとは、すでに賭博で提携している。」

モーテルの改装は、ウィリー・ポテトズが娼婦たちを追い出した後、チャックがスタッフを雇い入れた。

相変わらず集まってくるシンジケートの男たちに、ここは品の良い店になったんだと、チャックは幾度となく教えてやらねばならなかった。

それでもギャングどもは、髪を脱色した胸の大きい女たちを、昼下がりのお楽しみのために連れ込んだ。

娼婦でなく愛人ならば、チャックも咎めたて出来なかった。
なにしろムーニー自身が始終同じことをしていたのだから。

10月に店を「サンダーボルト」と改名した時、「愛人モーテル」と呼んだほうがいいとチャック・ニコレッティは冷やかした。

感謝祭の頃にはモーテルの経営は順調になった。

(2018年10月24日に作成)


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