コロンビア史
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         スペイン人が来るまで

 スペイン人が到来する 16世紀前半に、スペインの植民地となる

  ナポレオンがスペインに侵攻すると、独立運動が盛り上がる

シモン・ボリバルの活躍で、独立を達成する  グラン・コロンビアが建国される

ボリバルとサン・マルティンの会談  サン・マルティンは謎の引退をする

1824年に南米の独立戦争が終わる  ボリバルの名をとった、ボリビアが誕生する

  初の汎米会議をボリバルは開催するが、あまり成果はなかった

    グラン・コロンビアの崩壊とボリバルの死

スペイン・ポルトガルに代わって、英米が中南米での主導権を持つ  モンロー主義宣言

グラン・コロンビアの崩壊後は、急進派(自由主義派)と穏健派(保守派)の対立抗争が続く

   保守党は1886年に、保守的な憲法を制定する

保守的な憲法や政策に反発した自由党は、武装蜂起する  3年間の内戦となる

内戦に乗じて、アメリカはコロンビア領パナマを独立させる そしてパナマ運河を造る

    1930~46年は、自由党政権の時代が続く

1946年に政権をとった保守党は、自由党を弾圧しリーダーのガイタンを暗殺する それにより内戦となる

内戦が続く中、1953年に、ロハスが軍事クーデターを起こして政権をとる

    ロハスは支持を得られずに、1957年に退陣する

 国民協定の締結  2大政党の談合による、排他的な政権の誕生

国民協定に反対する勢力は、ゲリラ組織を結成する  政府とゲリラの抗争は激化する

1986~98年  麻薬戦争が起きる ガビリア政権は、民主的な新憲法を制定する

1998~2002年のパストラナ政権は、プラン・コロンビアを打ち出す

2002~2010年までのウリベ政権  ゲリラには強硬姿勢、パラミリターレスとは和平をする

     近年のベネズエラおよびエクアドルとの関係


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